NeoL

開く

藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#31 アーシング

OLYMPUS DIGITAL CAMERA



瞑想法の一つでも、普段意識していない足の小指や内臓などに意識を向けることによって、その部分の活性化を求める。同様に、足裏を物理的に刺激したり、意識を向けることによって、そこの集まる神経が活性化され、地球との交換力が高まる。
活性化され、バランスが取れるということは、美容にも効果的で、くすんでいた肌や、かさついた肌も潤うだろう。気持ちの張りは、目の輝きを与えるし、その人が本来持っている美しさを取り戻してくれる。
健康や美しさは、新しく何かを求めることによって獲得するのではなく、本来持っているものを取り戻すものに違いない。
以前にも書いたことがあるが、電気は水と相性がいいので、朝露の残る葉を踏みつつ公園を散歩するのは理想的だ。夏ならば、露の冷たさはひんやりとして心地よいし、夏の朝の輝かしさは、早起きして通る価値がある。
日曜日に早起きして、最寄りの公園や草地に向かってはどうだろう。ビーサンをひっかけてふわりと朝に踏み出せば、その瞬間からアーシングが始まるというものだ。
理想を言えば、毎日でも裸足になって土に触れることができればいいが、せめて週一回はそういう時間が取れないものだろうか?
子供がいる人は、素敵なスニーカー以外にも、裸足を与えてほしい。小さい頃から裸足が最高のシューズなのだと覚えてもらいたい。小石や土を気にするかもしれないが、フラットな感触だけでなく、その不揃いな凸凹こそが、地球であることを足の裏で知ることは、脳に刺激を与え、育てることになり、知育と呼べさえするだろう。
なんとなくいつも体調や精神状態が優れない、すっきりしないという人は、裸足で数時間過ごすだけで、内側から自らの生命力がふつふつを湧き出してくるのを感じられるし、今日を生きることの喜びを思い出すだろう。
なんてこともないが、裸足にはそういう力があるのだ。


4ページ目につづく

1 2 3 4

RELATED

  • FEATURE
  • REGULAR

TOPICS