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藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#30 ベルリン

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うちのめされる、というのはこういうことを言うのだろう、などと感じつつ、ソファの柔らかさに安堵した。とはいえ、体調はまだまだ下降していくのは明らかだったし、約束の待ち合わせ時間は、にじり寄ってくるしで、小さな悪夢の始まりをせせら笑う余裕は残念ながらなかった。一階のブックストアで、ベルリン在住の若手写真家のFくんと合流すると、本当はランチを一緒にする予定だったが、事情を話して近くのカフェに甘んじた。Fくんは最も期待されている日本人新進写真家の一人に数えられていて、新作の構想やロンドンでの展示について語ってくれた。本来ならば、写真談義に花が咲き、昼間からドイツビールをがぶがぶ飲んで調子に乗る予定だったのだが、いかんともしがたく、小一時間後に席を立つはめになった。旧東ドイツエリアに住む彼とは、もっと話したかったし、彼の在住エリアを散策もしたかったのだけれど、もと来た地下鉄を逆に乗り継いでホテルに早々と戻る選択となった。具合が悪い時の最善の対処は、寝ることである。それにしてもあれほどの不調は近年稀であった。羊のスープをうらめしく思うのは仕方ないので展開しなかったが、不調の時は何かのせいにしたがるし、それが分かったからといって僅かな不毛な腹いせにしかならないのだが、ついつい気まで病んでしまう。病は気からとは言うが、そればかりでもない。その時は、病は羊からであった。眠れない時に羊を数えたことは幼少の頃の思い出だが、あんなことは二度としないだろう、と思うほどに、羊がうっとうしかった。世界中から半日ほど羊が消えてくれたらと、願いもするほどに。

とまあ、これらは紙の上の戯れに過ぎないが、あの時の自分は本当に参っていた。

ベルリンのホテル事情は結構良い。同じ値段でもパリの三倍の広さが与えられるし、設備も新しい。ちょうど三回の角部屋を得ていたのだが、その眺めと採光の良ささえも恨めしかった。

病は気をも病ませる。悪い循環の中から抜け出すには、この負のループの切断が大切なのだが、きっかけがない。海外ひとり、というのは治るきっかけも自力で作らなければいけない。うっとおしいほど心配してくれる家人もいないのだから。

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