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藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#29 インナーチャイルド

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私は、故郷の道を彼と一緒に歩きながら、そういう存在であろうとした。望む前に自然とそうなっていった、というのが正確なところだ。時々、自分が転んで傷を作った場所や、雨の日や、寒い冬の日には歩くのが辛かった長い通学路では、彼に「大変な時もあったけど、よく頑張ったねー」などと声をかけたりもした。
心の中深くへと降りていくことだけに頼らずに、実際に歩いたり見たりすることで、当時の自分の感情がありありと映画の回想シーンのように蘇り、よく食べていたものの味や、通りの匂いまでもが分かるのだった。
何かに秀でた取り柄が少なかった両親が、ただ一生懸命働くことで育ててくれたおかげで自分があるのだが、やはり私には、受けた愛情が少なかったのだと思う。いや、愛情は両親にもあったのだろうが、それを示すのがきっと不十分だったのだ。それは、そっと優しく大きな存在として、側にいてくれるだけでよかったのだ。それが、足りていなかった。
そして、今私ができるのは、それを責めたりすることでは勿論ないし、そういう気もない。
ただ、インナーチャイルドが欲していた愛情を理解し、気持ちを寄せてあげることはできる。
盆踊りで使われていた空き地に通りかかると、すでに駐車場になってから長い時間が過ぎていることが、そのアスファルトのヒビから察せた。そのヒビからは土が見えていた。
私がしていることは、アスファルトで覆われた心から、本当の土である自分を開いてあげることだろう。
その日は、半日ほどかけてゆっくりと育った土地を彼と巡った。私は、幼い日の私とゆっくり過ごせて幸せだったし、きっと彼もそうだったと思う。
夕方前に、バスでそこから去る時には、いつの間にか、彼は静かに消えていた。彼はどこに戻って行ったのだろう? 八千代市大和田新田を実際に訪ねることは、もしかしたらもう無いかもしれない。だが、時々は、心の中へ下りていき、彼に会おうと思う。彼の幸せを気遣うことは、セルフヒーリングの出発点でもあるし、目的地でもある。
そこに悲しみを持ち込まずに、優しく大きな時間を共有するために、何度でも必要だと感じるうちは再訪を繰り返そうと思う。



(つづく)



※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#30」は2016年6月5日(日)アップ予定。
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