——サウンド面で、リスナーとして最近聴いてる作品がインプットになったりすることはあるんですか?
王舟「いや、ほとんどないですね」
——やっぱりそうですよね。
王舟「でも、ちょうど曲を打ち込みで作り始めていたころにMockyが好きでよく聴いてたかな」
——ああ、音楽的な記号性のなさであり独立したポップミュージック像という部分でMockyと王舟さんは通じる部分があると思いますね。
王舟「Mockyの曲もいろんな要素が入ってるんだけど、新しさというよりオーソドックスに感じられる。そこがいいなと思いますね」
——曲の背景にはいろんなアーカイブがあるんだろうけど、くっきりした輪郭で見える影響は感じないというかね。
王舟「俺は自分の演奏スキルだったり、アレンジでやれることだったり、まだまだわからないことが多くて。だから、いろいろ試したくなると思うんです。自然な流れで要素も多くなっていくというか」
——「Moebius」も長いイントロの出だしのキックとスネアはマイケル・ジャクソンの「Love Never Felt So Good」のような曲が始まりそうなムードがあるんだけど、シンセやスティールパンが力強く揺らぐ不思議なダンストラックになっていくんですけど。
王舟「ね。なんかこういう感じになりましたね(笑)」
——「冬の夜」のベースラインもマイケルっぽさがありますよね。全体的にはシカゴ音響派っぽいムードもあるんだけど。
王舟「他の人にも言われたんですけど、言われてみたらベースラインがめっちゃマイケルだなってあとから思いました(笑)。ちょっと『Billie Jean』っぽいなって。でも、マイケルもそんなに詳しくないんですけどね」
——影響という言葉をネガティブなニュアンスで解釈すると、それに毒されるということでもあると思うんですけど、王舟さんは結局なんの音楽にも毒されてないと思うんですよね。
王舟「確かにそうかもしれないですね。でも、長く音楽を続けていくにはちょっとくらいは毒されたほうがモチベーションの基準ができるのかなとは思うんですけどね(笑)。だから、ひとつのジャンルを突き詰めてる人たちをいいなと思うこともありますよ。カッコいいなって」
——でも、王舟さんはそうはならないでしょうね。
王舟「俺はなれないでしょうね」
――王舟さんの音楽に触れて、最初に言ったようにパラレルワールドに迷い込んだような感覚を覚える人もいると思うし、ずっと探し求めていた桃源郷を見つけたような感覚を覚える人もいると思うんですけど、多くの人が共通してある種の郷愁を覚えると思うんですね。
王舟「宮﨑駿が『楽園は子どものときにしかない』というようなことを言っていて。子どもは無償の愛を受けられるから。そういう感じなのかな? すでに終わってることに心地よさを感じるみたいな。過去のことに憧れるという感覚はずっとありますね。そういう感覚を動機にしているアーティストはけっこういるんじゃないですかね。俺は『子どものころにこんな音楽を聴いたことがある気がする』みたいな感覚で曲を作ってるかもしれないですね」
——今作ではその感覚がより濃密なものになっている気がしますね。
王舟「前作はそういう感覚を意識して作ったところがあったんですけど、今作はそういうことも無自覚なまま作ったんですよ。意識していない分、その感覚が強く出たのかもしれない」
——「ディスコブラジル」のMVのKINDNESSの視点は、あるいは損なわれていない無垢な子どもっぽさとも言えるかもしれない。
王舟「ああ、それはすごく言えるかもしれない。洗練とはほど遠い“ませた子どもっぽさ”がカッコいいんですよね。自分が音楽を作る感覚とKINDNESSが作ってくれたMVを照らし合わせてみると繋がる部分が多いのかなって思いますね」
——このアルバムをいろんな場所で聴いてみたいと思うんですよね。そこでどんな感覚を覚えるのかすごく興味がある。
王舟「それはぜひ。前に上海に帰省したときにオザケン(小沢健二)の曲を聴いたら『全然合ってないんだけど、なんかいいんだよなあ』って感じたんです。それは深い普遍性があるからだろうなって」
——今作のツアーは、大阪と東京は初のビッグバンド編成で臨むということで。
王舟「そうなんです。メンバーが12人いるんですけど、自分でもどうなるか楽しみですね」
——完全にひとりで作り上げたこのアルバムを大所帯のバンドで体現してどういう響きになるのか楽しみですね。
王舟「曲が人に手に渡ると必ず変化すると思うので。大勢のメンバーとイメージを共有するのが楽しみです」