――『PICTURE』の何が素晴らしいって、王舟さんの音楽性の核である不完全の美学が、愛おしいまでに研ぎ澄まされていて。
王舟「うん、完成度の高い曲を作るとそこで終わってしまう感じがして。いつまでも完成しないことで、曲が終わらないよさみたいなものを出せるんじゃないかなって」
——その意味においても今作をすべてひとりで宅録で作り上げたのは大きなポイントですよね。
王舟「そうですね。ミックスも自分でやったので」
——昨年の12月30日にクルマに乗って東京の下町あたりを走りながらずっとこのアルバムを聴いてたんですね。流れる風景は日常的なんだけど、オフィス街のあたりは極端に人が少なくて、異世界に迷い込んだような感覚さえ覚えて。その感覚とこのアルバムがものすごくマッチして。
王舟「ああ、うれしいですね。実は僕が今住んでる場所は東京の下町のほうで」
——あ、そうなんだ。
王舟「そうなんですよ。そこは土日祝日はホントに人が少ないんですよ。無意識ですけど、確かにそういう風景が作品にフィードバックしてるところはあるかもしれない」
——ずっと阿佐ヶ谷に住んでいたと思うんですけど、引っ越した理由はなんだったんですか?
王舟「阿佐ヶ谷に住んでるときは友だちがいっぱい家に遊びに来てくれて、毎日飲んだりしてたんですけど。ふと、そういう環境を変えたいなと思ったんですよね」
——それはなぜ?
王舟「なんだろうな? それこそ、前作からの変化に通じる話なんですけど、僕は前までは全然友だちがいなかったんですよ。20代中盤のころまでは。それで、友だちを作りたいなあと思って、少しずつ友だちができて、気づいたら友だちがいっぱいいて。そこからまたもう一度気持ちを切り替えたくなったんですよね。今作の次はまたたくさんの人と関わるような気がするんですけどね。その前にひとりで暮らしたり、人が少ない場所に行くチャンスは今しかないかなと思ったんです。それで今作はひとりで作ろうと思って」
——そういう人との関わり方って王舟さんにとって振り子のような感じなんですかね?
王舟「そうかもしれないですね。換気するような感じなのかな。それぞれのよさと違いを感じたい、みたいな」
——実際に引っ越して、ひとりの時間の豊かさを感じる瞬間はたくさんありましたか?
王舟「まあ、友だちがいたほうが楽しいですけどね(笑)」
——そりゃそうですよね(笑)。
王舟「でも、楽しいのに飽きていた自分がいて。同じ種類の楽しさが続くのもどうなのかなって」
——わかる気がする。楽しい夜の記憶も同じような状況が続くと差異がなくなるというか。
王舟「そうそう。俺はそもそもリアルタイムで体感していない感覚を音楽に投影するところがあって。今作はひとりで、宅録で作ったんだけど、曲に入ってる音数が多いのは、友だちといるときの記憶を思い返してるというか……」
——なるほど。過去の友好をひとりで音楽化するという。
王舟「そうですね」
——その制作作業はどうでしたか?
王舟「けっこう大変でしたね。でも、昔からモノ作りはひとりでやるものという考え方をそもそも持ってるし、前作も曲を作る段階では似たような感じだったんですよね。作品を完成させるためにいろんな人の力を借りるのも楽しいんですけど、今回は全部ひとりでやって。前作は自分が媒介となっていろんなミュージシャンと演奏する場所を作るような感覚だったんですけど、今作は自分のために場所を作るような感じでしたね」