幼い頃に仲良くなった友達との行く末は、三つの道に分かれていて、決まってそのどれか 一つを辿ることとなる。一つ目の道を辿ると、様々な理由や事情で、いつしか二人は完全なる疎遠となり、いつしか友情は、思い出の片隅でひっそりとうずくまっているだけとなる。この結末を迎えると、もはや赤の他人となってしまうため、街角で出くわしても互いに
「あいつかな?いや違うか?」
などと思案しているうちに、すれ違ってしまったりする。二つ目の道は、季節の移り変わりの中で成長と共に疎遠にはなっているものの、心の中ではずっと友達のまま一緒に野ば らを駆け回っているパターン。ほとんど会うことはなくなっても、たまに電話をしたり、 茶をしたりする。街角で出くわしたら大喜びとなる。実際によく街で見かけるやたら騒いでいる二人組は、大概がそれであると言っていい。
三番目の道は出会ってから大人になるまで、いや大人になっても、とにかくずっと一緒に 遊び続ける親友コース。街角で出くわしても、そこには何の喜びも感情もない。なぜなら、 そこで会う約束を今日もしていたからだ。親友を超えた存在。言葉なくして会話ができる 超能力者同士。この道は、とてつもなく険しい。ゴールはない。地獄と云う名の楽園がずっと続いているのだ。
幼い頃に知り合った同士のことを、幼馴染と呼ぶらしい。理想は、美人で、運動も勉強も出来て、ハキハキした女の子。隣に住んでる可愛い女の子。そう、朝は寝坊した僕を起こしに部屋に飛び込んでくる。そんな幼馴染だったらもう何も言うことはない。
だがしかし、僕の幼馴染は…。
気づけば、僕はユータとよく遊ぶようになっていた。互いの幼稚園が休みで、お受験塾もない日に、こぞってどちらかの家で遊んだ。僕の家の近くには、かつて東京オリンピッ クの競技場として使われていた大きな公園があった。ユータの家の近くには、大きな川が流れていて、そこの土手には、開放された野球場が沢山あった。主にこの二つの場所が、 僕らのフィールドだった。駄菓子、野球ボール、プラスティックバッド。必要なのはそれで全部だった。後は想像力さえあれば、こと足りた。彼は、究極に愛すべき阿呆であった。 穴を見れば指を突っ込み、川を見れば飛び込んだ。彼を見ていると、どうやら生まれる前に神様の前に行って、
「勉強やその他の才能はいりません。全ての能力を運動神経に注入してください。」
と進言したかのような少年だった。その結果、野性的な運動能力が爆発してしまった。球 技も勿論出来るのだが、それなら僕の方が断然得意だった。彼は、神様のイタズラに遭っ てか、異常なまでに能力が「野性的」だった。二人で冒険ごっこをしていて、知らない家 の庭に塀から侵入しようとしていた時だった。家の中から、かなり怖そうな親父が怒鳴り
ながら飛び出してきた。僕は、ユータを先頭に据えて、いつでも逃げられる姿勢を保ちながらも、彼に
「グイグイ行くぞー」
とせっついていたので、その怒鳴り声と共にすぐさま塀の上から飛び降り、脱出すること が出来た。彼は、運悪くその時、塀から庭の方へと飛び降りた瞬間だったので、絶体絶命 だった。僕は思わず、
「あ、まずい!」
と彼の最期を覚悟したが、次の瞬間、彼はとてつもないアクロバティックを見せ、近くの不安定な木の枝に飛び移り、不時着をしたかと思うと、その反動を利用して塀へとよじ登 り、僕のいる安全地帯へと着地した。全ての動きに無駄がなかった。僕は爆笑するしかなかった。目の前で起きたことが信じられないと人間はどうやら笑うらしい。心優しき阿呆。 それが、僕の初めて出来た親友だった。
そんな楽しいひと時も、塾での勉強の日がやってくるとやはり憂鬱になった。机に座ってひたすら文字の練習や様々なペーパー問題を解いた。ほどほどに出来るはずなのにいつも、 「左右問題」だけが苦手で困っていた。洋服を着た豚さんやトラさんがあっちを向いたりこっちを向いたりして、右手か左手を挙げていて、
「右手、左手どっちでしょう?」
と問いを突きつけられる。香水おばさんがハイテンションで何度も教えてくれるけど、何回やっても右か左かがわからなかった。僕は、極度の方向音痴なのだと悟った。
そんな風に各々子供たちが苦戦しながら勉強を続けていると、いつも決って一人の男の子 が最後の方で発狂して泣き叫んだ。
「ママーー!」
と叫ぶ声が部屋中に響く。
そうすると、部屋中に重苦しい空気が流れ始め、つられて何人かがシクシク泣き出した。 僕は、いつもギリギリの所で耐え続けていた。ある日、もう堪えきれなくなって涙がこぼ れそうになった時、体に衝撃が走った。なんと眉毛を上下に動かすと自分の耳が連動して 動く、と云う事実を発見した。それ以降、僕は涙が零れそうになると、せっせと耳を動か し続けた。ユータは、一問も解けてないにも関わらず、割と満足げの顔をしていた。やっぱり神様は意地悪だった。
そんな生活を一年間半ほど過ごし、僕は受験を何とか乗り越え、幼稚園生活を終えた。勉強が辛いと云うこと、世界には愛すべき阿呆がいたと云うこと、受験に合格すると父親が 泣くと云うことなどを学び、少しずつ成長していった。
小学校の入学式。教室の席に座り、横をふと見るとそこには、神様のイタズラが座っていた。僕とユータは同じクラスで出席番号が隣だったのだ。
古舘佑太郎
ミュージシャン。ロックバンド・The SALOVERSを、2015年3月をもって無期限活動休止とする。現在、ソロ活動を開始。2015年10月21日アルバム「CHIC HACK」を発売。
http://www.youthrecords-specialpage.com
illustlation Tatsuhiro Ide