楽しく過ごしていたはずの幼稚園も、年中組に入った秋頃から雲行きが怪しくなってきた。ある日、父親と母親に連れられ、向かった先は都会のど真ん中に位置するちょっとした公園みたいな場所だった。父親に肩車させられて、策越しに覗き込むとクルクルと螺旋階段のように作られた立派な滑り台が見えた。
「あの滑り台で遊びたくないか?」
と父親に質問をされたので、思わず
「遊びたい!」
と答えてしまった。自分で言った後に、一瞬嫌な予感がした。後日気づけば、僕はお受験塾の門をノックするハメとなった。幼稚園では見たこともなかったジェットコースターのような滑り台があるあの場所は、私立の小学校だったのだ。騙された!と叫ぶ暇もなく、僕は塾の玄関先で、嗅いだことのない匂いの香水をプンプンと漂わせるおばちゃんに簡単な面接を受け、あっさりと入塾が決まった。
「奥の部屋でもうお稽古が始まってるから行きましょう。」
と背中を押されて、僕は廊下を不安な気持ちと共に歩き始めた。
ドアを開け放つと、中には15人ほどの同じ年頃の子たちがレッスンに備えて、靴を履いたり、着替えをしていた。瞬間的に、
「帰りたい!」
と叫びそうになったが、それを掻き消すように、香水おばちゃんが大声で叫んだ。
「ボールつきリレーをしましょう!」
どうやら香水おばちゃんは、ここの先生だったようだ。
ボールが二つ用意され、二つのグループに分けられ、15メートルほど離れた場所に二つのコーンが置かれていた。どうやらボールをバウンドしながら、行って返って次の子に渡せばいいらしい。「なんだ、どうやら楽しそうじゃないか」
と内心思ったのも束の間。先生がまた元気よく叫ぶ。
「あなたは運動が出来るって聞いたわよ。こっちのチームのアンカーに決まりね。」
上手く出来ているシステムだ。超ど級の緊張が押し寄せて来たのに、同時褒められている嬉しさからか、僕は何も反論出来ず、断れなかったのだ。