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藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#21 香り

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たまたま、ヒノキ、白檀、屋久杉という樹と縁があったのだが、森林浴というのは、言うまでもなく樹々の香りが大切な要素の一つだ。森の香りは、生きている木だけではなく、朽ちて腐った木からも放たれている。腐った部分に菌が繁殖して、珍重される香木となる例もある。沈香はその一つで、高値で取引されている。化学成分を分析し、人の手で合成してもどうしても届かない香りには、天然の物にのみ特有の癒しの力があると思う。成分表示では伝えられない力というのは、目に見えない力と同様に、癒しを考える上では、やはり踏まえるべきことだ。

沈香はグラム数万円もするので、一般的ではないが、私が愛用しているホワイトセージは買いやすい値段だ。今使っているのはマウイ島のスーパーで6ドルほどで買ったもので、日本でもそんなに高くはないと思う。ヒノキの節キューブは案外探すのが面倒だと思うし、屋久島の流木もさらに面倒だ。白檀は仏像や数珠などの製品にもなっているので、比較的買いやすいだろう。ちなみに白檀は、人の全ての悩みを癒すとインドでは言われている。

これらは嗅ぎたい時に側にあると便利だということが大きいが、ただ香りで癒されたいのなら、何も買わなくても外へ出れば草木や花などの香りがある。アンテナをたてるように、自分の周りの世界に向けて、嗅ごうと意識する。

要は五感の一つでありながら、あまり癒しツールとしてさほど利用されていない嗅覚を積極的に働かせてみるのだ。

大方の人にとって、嗅覚は食事とセットで意識されることがほとんどだろう。それでは自身の才能を未使用なままでいるに等しい。なんとも勿体ない。

すでにアロマセラピーなどが普及し、雑貨店などでも普通に目にするが、自分に合ったオイルなどを探す前に、下地作りとして、日々の匂いを嗅ぐことから始めてみてはどうだろう。

起床して、今どんな匂いを感じるか。窓を開けてみてそれはどうか、通勤通学の道ではどんな匂いがあるのか。電車やバス、エレベーターはさておき、解放された空間での今日の匂いを感じようとするだけで、何かのスイッチが入るのに気づくと思う。普段意識していない場所の、時間の匂いというのは、結構遊びとしても楽しい。始めは何も嗅げないと感じることが多いはずだ。だが毎日繰り返してみると、日々朝の匂いは違うと気づくと思う。そして自分の匂いや、家族の、友達の、恋人の匂いも違う。そのうちに私たちはいかに多くの匂いに囲まれて生きているのかを気づくに至る。それはきっと豊かな体験になるだろう。
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