―そうした室内楽の魅力、実際にカイザー・カルテットとの交流の中で得たインスピレーションを今作の制作に反映させる上で、最も重視した点、腐心した点とは?
チリー・ゴンザレス「この問いには答えられないな、自分で意識していることじゃないから。インスピレーションというのは、突然ふっと湧いてくる時があるんだ。でも全然インスピレーションが湧かなくて、とにかく必死にハードワークするだけという時もある。すると、何か魔法が起きたりするんだよ。最も重視しているのは、毎日音楽を作る、ってことだね」
―『チェンバース』は、室内楽やクラシック音楽の現代的解釈を意味する作品であると同時に、そうした音楽を知らないリスナーやこれからの世代に向けた入り口となる作品でもあると思います。啓蒙、というと言葉が大袈裟かもしれませんが、そうした過去と現在、さらに現在と未来を繋ぐような作品にしたい、みたいな意識はありますか?
チリー・ゴンザレス「そう願ってるよ。古い時代の音楽と現代の音楽とが、ほとんど何もかもを共有し合うということ、それが僕の音楽的構想には欠かせない要素なんだ。つまり、スタイルや時代の違いというのは、実際、些細なことで……大抵の音楽は同じ12音音階を用いているし、似たようなリズムを使っている。テクノロジーは変化するものだし、文化も変化する。だけど音楽は、僕らが思ってるほど変化しないんだ。「もし◯◯だったら?」という問いかけをしてみるのもいいだろ?――例えば「もし弦楽四重奏がラップ・サンプリングみたいに聴こえたら?」とか色々ね。
―若いリスナーに室内楽を扱った作品をレコメンドするとしたら、誰の作品を選びますか? その理由も併せて教えてください。
チリー・ゴンザレス「とくに室内楽を薦めてるってわけじゃないんだ。人は、自分がどういうものを求めているのか自分で調べて、自分の耳でそれを受け止めるべきだから。僕は、ガブリエル・フォーレの五重奏曲をたまたま好きになった。でもクラシック音楽に関して誰かに教えを授けようとしてるわけじゃないんだ、多分、音楽全般に関して言えることだろうけど」
――昨年には、初心者向けの練習曲を収めたピアノ楽譜集『Re-Introduction Etudes』を発表されましたが、その目的は?
チリー・ゴンザレス「人々に、当事者として音楽の一部になってもらうためだよ。もう一度ピアノを弾きたいと僕に書き送ってくれた、すべての人のためさ。楽譜の読み書きは、僕と同世代の人の多くが過去に学んでいるけれど、大抵はほんの2、3年で辞めてしまっている。だからそのエチュードを書いていた時は、それくらいのレベルを念頭に置いていたんだ」
―今回の『チェンバース』や『Solo Piano』シリーズでチリー・ゴンザレスを知ったようなリスナーの中には、あなたが過去にエレクトロニックやヒップホップのスタイルの音楽をやっていたことなど想像がつかない、という向きもいるかもしれないですね。過去と現在のあなたの作品は、あくまで地続きの関係にあると言えるのか。それともどこかに変化へのターニング・ポイントがあったのか。
チリー・ゴンザレス「何も変化はないよ、ただ、時代を超越した音楽機器がさらにもっと新しい手法で使用されている、というだけのことだね。今作ではテクノロジーが駆使されているから、ターニング・ポイントらしき所はそこかしこに見え隠れしている。だけど何事も、ゆっくりと徐々に積み上げられていくものなんだ」