──楽団員を演じた役者さんたちの役作りも素晴らしかったですね。個性的なキャラクターの造形に加えて、それこそプロ並みに楽器を弾きこなしていて。
小林「これについてはもう、役者さんの努力にすがるしかないというか……。『頑張って習得してください』とお願いした後は、信じて待ってるしかなかった(笑)。その意味では、皆さんほとんど完璧にこなしてくれて。ありがたいとしか言えないです。演出部、製作部も本当によくやってくれました。練習日を確保するために、40人以上の役者さんとトレーナーのスケジュールを長期にわたりやりくりし、同時進行で複数の場所も用意して」
──高度なスタッフワークも求められますね。コンサート・マスター役の松坂桃李さんは、劇中で描かれるベートーヴェンの交響曲「運命」とシューベルトの「未完成」をほぼ完璧に弾きこなせるようになったとか。
小林「2013年の6月くらいから特訓をはじめて、トータルで9か月くらいかな。こういう場合、普通はスクリーンに映る部分だけ集中的に練習することが多いんですが、彼は忙しいスケジュールをやりくりし、時間をかけて基礎からしっかり学んでくれました。あまりにハードで、撮影が終わった後は『もう二度とやりたくない』と話してましたけれど(笑)」
──いろんな人物が登場する群像劇として、小林監督らしい温かいトーンも魅力的でした。キャストの演出について特に意識したことはありましたか?
小林「なにしろ個性的な役者さんがたくさん揃ってましたからね。全体的なトーンの統一とか、そういうことはあまり考えないで…。むしろ、いろんな人がバラバラに混じってる雰囲気を、そのままスクリーンに出したいと思ってましたね。ある種の混沌っていうか、異質なキャラクターがそれぞれ全然違うリズムで動いてる面白さがお客さんに伝わればいいなと。だから撮影が始まった当初、俳優部の人たちには『これ口にしたらマズイかなとか思わずに、気になることはどんどん言ってください!』と話したんです(笑)。キャストもスタッフも、思ったことなり違和感があったらどんどん表明して。みんなが『こりゃ大変だなぁ、収集つかないぞ』という思いを共有するような現場にしましょうと」
──破天荒な指揮者・天道徹三郎を演じた西田敏行さんの存在感もさすがでした。そういえば小林監督はかつて、西田さんが主演した映画『ゲロッパ!』(2003)に助監督として参加されていましたが、久々に現場で向き合った感想はいかがでした?
小林「いやもう、やっぱり圧倒的でしたね。天道役を西田さんに演じていただけたのは本当に幸せでした。ただ、クランクアップ後の打ち上げで話したんですけど、ご本人いわく、すごく苦労されたそうです。今まで出た映画では『植村直己物語』(1986)が肉体的にはいちばんキツかったそうですが、精神的には並ぶくらい──『僕の人生でも何本かに入るくらいしんどかったです』と」
──やはり指揮法のマスターが大変だったんでしょうか?
小林「もちろんそれも大きかったでしょうし、あとは役柄上、関西弁という縛りもあったので。ご自分が思い描く芝居がなかなか自由にできないというフラストレーションを、つねに抱えてらっしゃったようですね。もちろん、それを微塵も感じさせないのが西田さんの凄いところなんですけれども……。ただ正直に言うと、それこそが僕のやってもらいたかったことだという部分も、実はあるんですよね。西田敏行という猛獣のような俳優さんに、わざといろんな制約を押し付けて。キングコングが鎖を断ち切ろうと暴れるように、思わずフレームの外にはみ出す瞬間が見られたらいいなと」
──なるほど。キャスト・スタッフみんなでストレスを共有するというのが、『マエストロ!』撮影現場の隠れテーマだったのかもしれませんね(笑)。
小林「そうですね。言葉にするとヒドイ監督ですけど(笑)」
──クライマックスのコンサートシーンも、映像そのものが躍動しているようで素晴らしかったです。監督は撮影前にいろんなオケのライブ映像を見比べて研究されたそうですが、特に苦心したところを挙げるとすると?
小林「コンサートの中継映像というのはやっぱり、演奏者の邪魔にならないことが一番に考えられてるんですね。そうするとカメラを客席や舞台袖に据えて、遠くから撮影するケースが多くなる。静的で美しいけど、ステージとの間にはちょっと距離感があるんです。でも今回のコンサート場面は、楽団員の高揚感にまんま乗っかったような映像にしたかった。だから長玉(望遠レンズ)はあえて多用せず、至近距離からワイドで撮ってみたり。あるいはカメラ自体を大きく動かしたり、ラジコンを使って空から撮ってみたり(笑)。いろんな方法を試しています」
──横須賀芸術劇場を借り切って撮影されたとか。
小林「はい。限られた撮影日数でいろんなカットを撮らなければいけなかったので、事前に細かいコンテも作成し、ビデオを使ってシミュレーションしてみたり…。とにかく、音楽の持ってるワクワクする感じがどうしたら映像にできるかということは、かなり突き詰めて考えたと思います。準備は大変で、1本の映画で2回クランクインがあった感じでしたが(笑)。すごく面白かったですね」
──ちなみに演奏の高揚感がマックスに達したところで、カメラがワーッと揺れながら動いていくカットがありますよね。もしかしてあれは、原作の龍のイメージが重なっていたり?
小林「そうですね(笑)。そうかもしれません」
──最後に、これから映画を観にいくNeoL読者に、監督からひとことメッセージをいただけますか。
小林「月並みですけど、この映画を通じてクラシック音楽の面白さに触れてもらえると嬉しいですね。興味を持たれた方は、ベートーヴェンの『運命』だけでも通しで聴いてもらえたら、世界がぐんと広がると思います。僕自身、この撮影で初めて楽譜を見ながら第1楽章から第4楽章までちゃんと聴いたんですけど、いろんな構造が隠されていてすごく面白かった。指揮者によっても曲の印象が全然変わりますし、聴けば聴くほど奥深い。それで、これを機会にコンサートに足を運んでくれる人が増えたら、もう最高ですね」
1月31日(土)全国ロードショー
公式サイト: http://maestro-movie.com/
配給:松竹/アスミック・エース
(C)2015『マエストロ!』製作委員会
(C)さそうあきら/双葉社
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監督:小林聖太郎(『毎日かあさん』)
脚本:奥寺佐渡子(『八日目の蝉』)
原作:さそうあきら「マエストロ」(双葉社刊)漫画アクション
出演:松坂桃李、miwa/西田敏行ほか
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★ストーリー
若きヴァイオリニスト香坂のもとに舞い込んだ、解散した名門オーケストラ再結成の報。だが、練習場は廃工場、集まったのは再就職先も決まらない「負け組」楽団員たちとアマチュアフルート奏者のあまね。合わせた音はとてもプロとは言えず、不安が募る。
そこに現れた謎の指揮者、天道。再結成を企画した張本人だが、経歴も素性も不明、指揮棒の代わりに大工道具を振り回す。自分勝手な進め方に楽団員たちは猛反発するが、次第に、天道が導く音の深さに皆引き込まれていく。だが、香坂だけは天道の隠された過去を知り、反発を強めてしまう。そして迎えた復活コンサート当日、楽団員たち全員が知らなかった、天道が仕掛けた本当の秘密が明らかになる――。