——1曲目のタイトルになっている。
ヤン「そうです。その店が僕にとって逃避できる場所で。隠れる場所というよりは、よりいい意識を持つために、より高貴なスピリットを持つために通ってたんですよね。お客さんには芸術関係の人も多くて。そこで彼と出会い、ずっと2人で遊んでたから。そういう意識が染み込んでいったんですよね」
ナオミ「深夜2時とか3時になると、みんな楽器を手に持って演奏が始まるんです。誰にとってもそういうホームみたいな場所があると思うんですけど、それが僕らにとってはHESOだったんですね」
——まさに身体におけるヘソのような音楽の場だった。
ナオミ「そう。ピアノを弾けない人がピアノを弾いたり、ギターを弾けない人がギターを弾いたり、歌のうまくない人が歌ったりして。そういう日々がずっと続いていたんだけど、店がなくなってしまったときに俺たち2人がHESOみたいな存在になるといいなあと思ったんですよね」
——自分たちの音楽を場所にできればと。
ナオミ「そうです」
——そこで誰かがトリップできたり。
ナオミ「うん。そういう思いはありますね」
ヤン「僕がHESOに通う前は下北沢GARAGEというライブハウスがそういう場所だったんですけど、出口(和宏/前店長。現在はペトロールズなどが所属するENNDISC代表)さんがいなくなってからHESOがそういう場所になって。HESOで過ごしていると意識がどんどん凝縮してあふれそうになったときに朝になってるんですよ」
ナオミ「あの時間は忘れられないね。あっという間に時間が過ぎていった。お店は2年くらいしかなかったんですけど、すごく凝縮された時間を過ごしていて。青春——それが何回目かはわからないけれど、確かに青春でした」
——日本の社会が今こうしてどんどん暗澹たる状況になっていって、誰もが市井のなかに揺るぎないコミュニティを求めている気配はすごく感じるんですよね。だからこそ新興宗教などにも人が流れやすい時代でもあると思うんですけど、信仰ではなく文化がそういう役割を担えればいいなと個人的には思っていて。文化は決して束縛を強要しないから。
ヤン「うん。俺も今の日本の状況は誰しもが憂いていると思うし、目を瞑りたいとも思うだろうけど、それがたとえばデジタルな方向に向かうというよりは、音楽でもそのほかの芸術でも人間と人間のぬくもりを与え合えるような場所があったらいいなと思う。そのぬくもりがどんどんヒートアップして強いエネルギーに変わっていったら、すごいことになるんじゃないかなって」
——文化の成熟が閉塞感を打破するひとつの足がかりになることは信じたいですよね。このEPはそういうことまで思わせてくれる作品で。
ヤン「うれしいです」
ナオミ「ありがとうございます」
——2人が創造した楽曲を聴いてまず思ったのは、澱みのない感覚の共有が果たされているということ。それは美意識であり、死生観でもあると思うんですけど。何を美しいと感じ、何を醜いと感じるのか。死を隣り合わせに感じながら生の揺らぎを思うということ。この共有できる関係性というのは、安直な言い方になってしまうけれど、ソウルメイトと呼ぶべきものなのかなと。
ナオミ「ああ、確かに」
——最初に一緒に音を鳴らしたときにどんなことを感じましたか?
ヤン「すごくスムースに自分の魂を流していけるような感覚があって。バッチリな彼女ができたみたいな(笑)。それはすごくうれしかった」
ナオミ「俺とヤンは歳が離れてるんですけど、僕のこれまでの人生のなかで歳下の友人ってあまり出会ったことがなかったんですよ。でも、HESOで一緒に音を鳴らしたときにすぐに意気投合できたというのは自分でも驚きがあって。もちろんそれは音楽があったことが大きいんだけど、たとえ音楽がなくてもヤンとは親友になれたんだろうなって思うんですよね。波長が合うというか。自分で自覚してないところでもわかり合えてる感覚がありましたね」
ヤン「HESOが終わってしまう、その夜を一緒に迎えることができたのも大きかった。最初は20人飲んでいて、最後は店長とこの2人の3人だけになるみたいな(笑)」
ナオミ「あの夜は大きかったね。そのときに1曲目に入ってる“Heso”が生まれたんです」
ヤン「最初にコードを持ってきたのが店長で」
ナオミ「で、ギターを弾きながら俺らが歌い始めて。最初はHESOで過ごした楽しかった時間がこの曲に凝縮されていたんだけど、時間が経ってライブでやるたびにあの楽しかったときに戻りたいという思いが強くなっていって。それで音源は最終的にこういうアレンジになったんですけど」
——ローズやシンセも入って。リスナーも自分たちの愛おしい郷愁に引き込むような。
ヤン「そう。でもかといってそこは大自然なわけではなくて」
——都会のど真ん中。ヤンくんはナオミくんのボーカルに最初に触れたときにどんなことを感じましたか? 個人的にはエリオット・スミスを思い出したんだけど。
ナオミ「おおっ、初めて言われたのでうれしい」
——だからすごく切なくもあって。
ヤン「俺は最初にナオミの歌声を聴いたときは、射精みたいな感じで(笑)、『うわっ!』ってなったんですよ。それくらいグッときて。高く美しい声そのものというよりも、ちょっと下げて言葉を発してニュアンスのまま言葉を伝えようとしたときに射精感がすごい(笑)」
ナオミ「ありがたいですけど、照れますね(笑)」
——一方、ナオミくんは?
ナオミ「僕がヤンを最初に見たときはダウンタウンの松ちゃん(松本人志)が浜田雅功に出会ったときの話って知ってますか?」
——ああ、パンタロンを履いてパーマ頭だったっていう(笑)。
ナオミ「そうそう。すごくイカしてるんだけど、自分には理解できないレベルまでいってる。そんな感じでしたね。それで楽器をセッティングしてヤンが歌ったときに今度は理解できるほうのよさがあって。こんなカッコいいやつがいい歌を歌えるはずがないって思ってたんですけど(笑)」
——出会いから自然とライブも増えていって。
ヤン「そう。気づいたら毎週2人でライブをやるようになって」
ナオミ「俺らがライブをやる場所はバーとかが多くて。もちろん音楽も聴いてほしいんですけど、その場所を一緒に共有したいという思いが強くて。ライブはとにかくたくさんやりたいし、そのなかでまた新曲が自然と生まれていくって感じですね。極端な話、ああ、あそこで歌ってる人たちがいるなって思われるくらいでもいいんです」
ヤン「ロックンロールの人が一発で心をつかむみたいなことはできないかもしれないけど、いつの間にかジワジワと身体中がjan and naomi一色になる。そういうふうにありたくて」
——静謐な空間を慈しむようなサウンドスケープが2人の音楽世界には通底しているんですけど。夜の匂いであり。
ナオミ「そうですね。このサウンドスケープの根幹にあるものは、俺とヤンの好みだと思います。ただ、音楽的なルーツは違うんですよね。もちろんかぶってるところもあるんですけど」
——それでこういう音楽が生まれているのがいいなと思う。
ナオミ「よく無人島に持っていくならこの1枚みたいな質問ってあるじゃないですか。それだったら俺はCDを持っていかないタイプで(笑)。ヤンは10枚くらい持っていくかもしれないけど(笑)」
ヤン「そうだね(笑)。いや、でも歌詞カードだけのほうがいいかも。それをずっと読んでる」