ーードン・ボウイさんにとっては登山とはどんな意味を持つのでしょうか?
ドン・ボウイ「ある意味で、山は単なる岩と氷と雪に過ぎないと思います。もし何も経験を得ることができないのであれば、アンナプルナのような山の頂上を立つことは、ほとんど意味がありません。遠征から得た経験―たとえそれが残念な結果だったり、良い結果であったとしても―それらの経験が、他人との関係に何かしら影響がでないのであれば、その遠征は単なる実りのない自己中心的な行為です」
ーー今回の救助活動は、ドン・ボウイさんの登山人生のなかで、どのように位置づけられる出来事でしたか?
ドン・ボウイ「2008年のイナキ救助活動は、個人的にとてもつらいものでした。その影響は、長い間重く自分にのしかかっていました。たぶん、これからの自分の人生にも大きな影響を及ぼすと思います。ポジティブな影響とネガティブな影響の割合を比較するのはほとんど不可能です。しかし、私の友人や家族は、その救出劇以降私が変わったといっています。私は、もっと強く、そして他人に対してより思いやりのある人になりたいと思います。私はアンナプルナに4回挑戦して、まだ頂上までたどり着いていません。アンナプルナは私の宿敵ですね」
ーーアンナプルナ南壁のルートの特徴について教えてください。
ドン・ボウイ「新しいルートを試している間は、ポーランドのルートやトマジ・フマルのルートの近くに近づいていると個人的に感じていました。それは新ルートとはいえませんが、二つのルートの融合だと思っていました。壁の下へのアプローチは、長く、困難で多くのクレバスや雪崩にあいます。深い雪の中ではベースキャンプから壁面に達するまで2日間はかかります。山が多い年は、それがベストな登り方です。私は、7,350m近くのロック・ノワールまでにしか行っていません。2006年ポーランド遠征隊とタルケ・カンを登った時、遥か彼方東から長い尾根が見えました。その尾根はとても長く吹き曝しです。天候が悪化したり、なにかのトラブルで撤退しなければならかったら、ロック・ノワールまで引き返すか、頂上の下を歩いて北壁を下ります。そこで何か問題が起きたら絶望的です。しかしながら私はいつか必ず挑戦したいと思っています」
ーー数々の登山経験は、ドン・ボウイさんの人生に影響を与えているのでしょうか?
ドン・ボウイ「山を登ることは、“支配する”という行為が幻想であることを教えてくれます。私達は、山を含め、この世界で本当は何も征服していないのです。自分のエゴのために、財産、土地、物、人々そして実績などを、私達が支配していると単に感じているにすぎません。唯一残るものは、私たちが与える他者への愛情だけです。愛情は、感情のように消え去りません。 愛情は、風や感情のように行ったり来たりはしません。それどころか、私達は、自分たちの周りにある素晴らしい幸福を求めて突き進むのです。山の斜面で学んだことは、下界で生かされます。学ぶ教室は雲の中にあるのです」
『アンナプルナ南壁 7,400mの男たち』
9月27日(土)
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