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藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」#4 ベジタリアン

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 ベジタリアン化に一応成功したあとで、さらに様々な食事のやり方を見聞し、試したりもした。ざざっと並べると、マクロビ、アーユルベーダ、ナチュラルハイジーン、不食、フルータリアン、朝食抜き、小食、砂糖抜き、ビーガンなどなど。飲尿なんてのもあった。
 それらを通して、世の中には、様々な人たちが、実に様々な取り組みをしながら、健康について考え、健康であることを願い、全ての人の健康を祈ってきたのだということが分かった。新たな角度や方法を考えて提唱する人たちは、何をどう食べれば、世界を健康に安定させ、生きる事への不安を払拭するのかを考え続けた人たちだった。
 それらの熱量と功績には、尊敬するしかないのだが、一方、健康であろうとストイック過ぎるのは、心の健康を損ない、体の変調へと繋がりかねない。結果、他人の食生活への否定、疑念な満載な生活を始めてしまう。
 生きること、日々の生活を、まるで修行のようにしては楽しくないな、と思う。
 肉が大好きな人が、ベジタリアンになる時のストレスは、きっとその人にかなりの心身のダメージを与えるだろうし、楽しめる範囲でほどほどに気に掛けるのがいいところだと思う。体だけでなく、心も個人差があるのだし、それを人間という大風呂敷でひっくるめて語る事は、どうだろう?
 自分は、たまたまベジタリアンが合っているとはいえ、それもいつまで続くか分からないし、決めてもいない。
何を食べるかは、その年齢に合わせて、体の声を聞きつつで良いと思う。
 ただ、過食、これは、なるべく避けたい。必要以上を食べてしまうのは、ストレスのせいで、つまり心の問題と向き合わなくてはならい。だが、言う程簡単ではないので、自分も時々やらかす。
 過剰はなんでも良くない。過剰や極端に見られる美や真実も好きではあったが、今は、何のどんちゃん騒ぎかと思う。
 だいたいに、少々に。
 食べる事、美しい事は、凝りすぎず盛り過ぎずに楽しみたい。
 そして、少々を入れた心と体と、その後のキレキレな感じを楽しみ始めたら、過剰後の、もっさりとした惨めさは、できたら永遠に過去の思い出にしたくなる。
 足るを知る、とは広まった言葉だが、改めてその愚直なまでの優しさに向き合いたい。
 現在、自分の体重は三キロ程戻った。食生活は、ベジタリアンがベースなのだが、結構緩くなっていて、アルコールや鶏、魚も時々いただく。だが、コンビニ食、ファストフードは、口にしない。添加物は本来自然には無いものだから、遠ざけておきたい。その添加物も防げるところまでは気にするが、完璧ではない。たまに入ってしまうのを気にせずにいられるデトックス力が高い体を得ておこうと思っている。
 そして、それが良かろうが悪かろうが、一旦テーブルに乗ったものに対しては、信頼して、感謝して、楽しく、美味しくいただいている。疑いながら口にした物は、本来のエネルギーが落ちたものになってしまう気がするからだ。
 食後は、やはり感謝する。ごちそうさまがちゃんと言えた時が、良い食事をしたことの目印となっている。
 食べることについて、ゆっくり考えていくと、それはセルフヒーリングだなあ、と思えてくる。ひとくちひとくちを大切に咀嚼して、その食べ物が辿ってきた成長や、太陽や雨、それを収穫した人、運ぶ人、調理する人たちの優しい気持ちを思い浮かべると、心が温かくなる。食べることは、栄養素を摂取するだけでなく、命を授けてくれた植物や動物、それに関わる人の波動の中から、美しい波動とだけコンタクトして一緒になることだと思う。
 まあ、結局は食べ物に感謝して、食べ過ぎず、よく噛んで、というおばあちゃんの教えになるのだが、ベジタリアン、ちょっとお洒落だし、試しに一度いかがでしょう?
 痩せます。

 
                              (つづく)
 

※『藤代冥砂「新月譚 ヒーリング放浪記」』は、新月の日に更新されます。
「#5」は5月29日(木)アップ予定。

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