アーティスト歌代ニーナが7月にリリースしたデビューEP『OPERETTA HYSTERIA』(オペレッタ ヒステリア)と並行し、歌代が率いるクリエイティブコレクティブ “PETRICHOR”(ペトリコール)がインディペンデントマガジンを発刊。Pタイトルと同じ『OPERETTA HYSTERIA』をテーマに掲げた今号では、森山大道や岡部桃、山谷佑介などの写真家から、グラフィックデザイナー、ダンサーなど様々なフィールドのアーティストたちが各々の“ヒステリア” を投影。それらアーティストや交流の深いクリエイターを招き、8月にはエキシビションも開催した(https://www.neol.jp/art-2/115924/)。NeoLでは、PETRICHORの早坂向日葵が空間ディレクションを務め、相良ララによる絵画作品も数多く展示された本展の中で撮影されたPETRICHORのストーリーとともに、マガジンやエキシビションで見せた3人それぞれの新たな挑戦について語ってもらった。
――3年半ぶりのPETRICHORとしての活動ですが、これらはニーナさんのアルバムが起点となって始まっているんでしょうか。それともPETRICHOR自体も動くタイミングだった?
ニーナ「両方ですね。私が2020年に音楽活動の面でレーベル所属(ソニー)になって、EPやアルバムという流れやテーマを考えたときに、音楽と同時に雑誌もやろうと決めたんです。元々向日葵とララはMVなどの音楽面でも携わってもらっていたんですが、PETRICHORを背負っていくためにも今後リリースするものと同じテーマでクオリティの高い雑誌を作ろうと。それで具現化しやすい題材にしようと半年くらい考えた結果、今回の『OPERETTA HYSTERIA』というテーマになりました」
ーー雑誌ではそのテーマからそれぞれ企画を持ち寄った形ですか。
ニーナ「ララと向日葵に関しては、各1企画8ページで好きなことを何でもやっていいという話をして、ララは“Vermilion Delirium”、向日葵は“Bon Appétit!”ができました。他に松倉壮志と間宮恒春という私が働いていたマガジン『DUNE』の先輩二人がいるんですけど、彼らは今号はララと向日葵に制作の楽しさを知ってほしいということで自分たちは裏方に徹すると言ってくれて、ララたちの写真のエディトリアルを手伝ったりと全体の編集で入ってくれています」
――企画を持ち寄る前に、向日葵さんとララさんにはニーナさんが思うヒステリアについてどのような話をしましたか。
ニーナ「音楽的な軸の方でこのテーマに定めたのは、初めて自分で自分を抑えきれないヒステリアという状態を経験したことなんです。それに衝撃を受けて、ヒステリアというものについて認識を深めようとアカデミックな路線でのサーチをしたら、ミシェル・フーコーという哲学者がずっとヒステリアをテーマにして研究していたり、フロイトの説などがあった。そこでは女性特有の精神病とされていて、子宮が動くからだと語られていた。それを自分がどういうアングルから見てどういう路線に持っていきたいのかというのを固めて二人に話をしました。さらに音楽面では、クラシカルなものと絡めて7つの違うヒステリアを曲として表現することや、できている曲もプリレックの段階で聴いてもらって。二人は私生活の部分も知ってるから曲の背景もわかるし、随時会いながら、今号は大橋修さんというADも入って洗練された形でプレゼンテーションできるようになるから、そこを踏まえたうえで企画を考えてほしいと話していました」
――それを受けて、二人が各々のヒステリアをどのように表現したのか改めて言語化すると?
ララ「私はわりと早い段階で赤のメイク企画をしたいと伝えていました。英語のヒステリアの定義が“ungovernable emotional escess”だったので、コントロールできない感情が身体や顔から出てきてる感じを表現したいと思って、目から枝みたいなものが生えているトゲトゲルックや糸を使った血管ルックを作ったり」
――それらを赤で作ったのは?
ララ「赤が大好きだから。例えば自分を紹介するときに三つの言葉で説明するとしたら、1個は赤になるくらい赤が好き。私は赤女。きっかけはあまり覚えてないんですけど、18、19歳頃から常に赤いものに囲まれたいし、常に赤くいたいと感じてる。なんだろう、やっぱり血の色だからですかね。出産や生きている証としての血もあれば、暴力や死という正反対のものも連想させるというパラドックスが好きなのかも。黒は暗い死のイメージ、青は冷たいとか、他の色は1つのイメージが強いけど、赤はパッションや愛というすごくあたたかいものと同時に、パニックやストップのサインにも使われるような破壊的なものがある。ヒステリックな色だと思った」
向日葵「制作にとりかかる前に口の中が荒れたのも大きいんじゃない?」
ララ「確かに。2021年の3月くらい、ちょうど“NOCTURNE”の PVの準備中」
向日葵「生理が来たらニキビができたり体調が悪くなるやつのひどいヴァージョンで、口内炎だらけになって、口が開かないくらいグチャグチャになってて」
ララ「舌にも口内炎ができて、水も飲めないくらい。それが何ヶ月か続いて、結局プロゲステロン(黄体ホルモン)アレルギーだとわかったんです。今はコントロールできてるんですけど、その3ヶ月くらいは生理が来るたびに恐怖すぎた。その時の口内のビジュアルをずっと撮影してたんですけど、それも影響あったのかな」
ニーナ「PVをたくさん撮ってる時期だったけど、メイクアップを担当してたララの生理のスケジュールに合わせて撮影を決めなきゃいけないくらいの状態になってて。その時に、全員じゃないけど生理痛がひどい人はエストロゲン(卵胞ホルモン)が高いことが多かったり、エストロゲンって生物学的に身体を蝕むよね、生理痛もそうだし、子どもを産まないと女性系の癌になる確率が上がったり、女性性みたいなものって身体に迷惑かけることあるよねという話をしてました」
――なるほど。今回いろんな絵を描かれてますが、多様な作風で驚きました。日頃から毎日のように描いてるそうですね。
ララ「そうですね。本当に外に出ない人間なので常に何か描いてます。今回展示されたものも、最初は展示の話がある前に個人的に描いてたものなんです。雑誌での赤いメイクの企画で使われなかったセルフポートレイトにも好きなのがあったので、それを基に絵を描いていました。それが人生で一番レベルが高く描けたので、ニーナにどうにか展示したいという話をして。そこから他の絵に広がった感じです」
ニーナ「最初は赤いセルフポートレートを油絵で描いたものばかりだったんですよ。でも余計なお世話かもしれないけど、編集長としてはララにもっと成長してほしいという思いがあって。大橋さんも、ララはせっかく才能があるのにいつも自分の絵ばかり描いてるから自分の好きなものばかりじゃなくて挑戦をしたほうがいい。雑誌の見返しの部分に柄が欲しいから、何も考えないでグチャグチャに吐き出すという形で一度抽象的な絵を描いてほしいと課題を出して。課題の作品は彼女自身がやりたいものじゃないから明らかにやる気も違ったけど、この展示はあくまで『OPERETTA HYSTERIA』がテーマで、関連した制作はやらなくてはいけないと説得して。それであの黒い絵が10枚できた中で、雑誌には採用されなかった作品を展示しています」
ララ「アブストラクト系の絵は全然描いたことがなかったので、初めて違う脳を使いました。例えば赤い絵は写真を見てそれをただ写実していてるだけなのである意味簡単。だけどアブストラクトなものは頭の中をできるだけ空っぽな状態にして描くので、難しかったけどいいエクササイズでしたね。ニーナのEPの7曲を表現した絵もあるんですけど、それは写実と抽象画のちょうど中間くらいのやり方でした。音楽はアブストラクトなもので、それを聴いてバーッと描いていくのはすごく楽しかった」
――そうした新しいトライをしたことで、いつも描いていた絵にも変化はありましたか。
ララ「あのエクササイズによって写真をそのまま描くスタイルはもういいかなと思って、次はフォトショップも使って描くことに興味が出てきてます。次の号のテーマがもう出てるんですが、そこで発表する次の絵は全然違うものになるかなって」
ニーナ「あと赤も封印するよね」
ララ「うん。赤も大好きだけど、絵としてはお腹いっぱいなったかな。またいつか描くと思うけど」
――向日葵さんはヒステリアをどう解釈しました?
向日葵「まず今回ヒステリアがテーマと言われて、ララやニーナは英語の感覚で自分の中である程度イメージができてたんだろうけど、私はそもそも『ヒステリアってなんですか?』ってところから入ってるんです。それでさっきの子宮の話だったりとか一般的な知識に加えて、ニーナから言葉にならないけど『オエッ』『ウッ』となるような感情だと伝えられて、ウエッとなるようなことってなんだろうなと考えました。元々ニーナのMVでプロップスを担当してることもあって、それをもう少し作品化したもので関連づけられたいと思ってたこともあったし、歯磨き粉が嫌いとか、クリームチーズとか甘いものとしょっぱいものを混ぜたものも気持ち悪いとか、食べ物に対してオエッって思うことがすごく多かったので、パッと見には美味しそうに見える食べ物なんだけど気持ち悪いというものを物撮りで撮ろうと。クリームソーダなんだけどポリデントで入れ歯が入ってたり、『ewwwww(キモいっ!)』ってなる作品にしました」
ララ「最近向日葵ちゃんに『ewww』って単語を教えたんですよ(笑)。ページタイトル、『ewwwww』でもよかったかもしれない」
向日葵「思った(笑)。あとは、これまでに出てる2冊もちょっと昭和の日本ぽいテイストでやってきてるので、小学校の時のネットに入ってるグチャグチャで触りなくない石鹸をイメージしたり、パスタに粉チーズをかけてるかと思いきやそれがレモン石鹸だったりという感じで、そこも意識して作ってます」
――以前の企画はパーソナルな部分をストレートに出していたけど、それに比べると今号はちょっと捻った表現でした。それもやっぱりマガジンの方向性に沿った変化だったんですか。
向日葵「そうですね。うちは本業がアパレルなんでファッションの企画をやったり、自分自身での作品ではグラフィックを作ってそれに合わせた写真で一個の作品として出してて。自分の強みといえば完全にグラフィックだったのが、今号はアートブック寄りになるということでニーナからグラフィック禁止令が出て。じゃあ、何やろうかなというところから考えました」
ニーナ「ララもそうなんですけど、普段からやってるものは普段でやってもらって、PETRICHORではコンフォートゾーンから出てほしいというのが私と大橋さん、マツくんツネくんの意見。雑誌の哲学として、編集者側はアーティストを押すというものがあって、そのためのキャスティングを組んだり、フィルムでしか撮らない人をデジで撮らせるというように、本人が本当に嫌だったら意味がないけど、その企画によってちょっと成長できたり新しい自分を発見して去ってほしいというのがある。向日葵は建築を勉強して、卒展もちゃんとやって首席で卒業していて、アーティストとして空間ディレクション、プロップができるんですよ。だったら他で味わってるグラフィックの楽しさはここではやらず、アーティストとして改めて何をやるか考えてほしかった。いいフォトグラファーで、ライティングも考えて、しっかりディレクションして臨んでほしいと伝えました」
向日葵「やってみて、きっちりディレクションするのも面白いなって思いました。一度PETICHORでBiSHのルックブックを作った時に静止画のプロップスも手掛けたけど、ほとんどのPVではプロップスってそこまでクローズアップされることがなくて流されてしまうじゃないですか。そこにクローズアップして、静止で撮るというのは面白かったです」
ニーナ「PVだとプロップスは一要素になってしまうから、“NOCTURNE”でもコーラのラベルをいっぱい作ったりプロップスにすごく力を入れたのに映らないこともあったり流れてしまう。だから、誌面内でPVを岩澤(高雄)さんに静止画で撮影してもらったストーリーを入れてるんです。“NOCTURNE”の誌面ストーリーは、事件の後の現場写真を撮る目線でと打ち合わせして、事件簿みたいに全部寄りで撮影して、プロップスのストーリーとして向日葵の企画を立てる方向性になってる」
――今回のエキシビションの空間設計も向日葵さんが手掛けたんですよね。
向日葵「空間設計とか得意だと思われてるけど、実際には工事して展示作品を飾るとかはやったことがないので大変だったけどがんばりました(笑)。設営は超楽しかったですね。ララの作品は前々から写真で見てたけど、他の人の作品は前日に初めて見るものもあったり。でもみんなのテイストはわかってたから、パソコン内で四面に飾るものを実寸大で組んでみたりして」
――空間内でのストーリーを作るような感じ?
向日葵「ララのあの赤い絵がすごく強かったので、入り口から対角線で一番遠いところにあるのがいいかなと思って、それありきで作りました。あとはララの作品が多いからどう分配するかとか、アブストラクト繋がりで隣の作品を決めたり。上手くまとまってよかった」
――お二人だけじゃなく、ニーナさんも編集長として新たな挑戦をした号だと思いますが、中でも森山大道さんや岡部桃さん、山谷佑介などのゲストは大きな変化でした。
ニーナ「ヒステリアをテーマとすると決めた時に森山大道は入れたいと思って、大橋さんとマツくんと3人で話し合ってTAKA ISHIIギャラリーを通して正面から当たってみました。岡部さんはTaka Arakawaが紹介してくれたんですが、『DUNE』で性転換中のFTMの方たちの写真を掲載していたこともあったので面識はなかったものの作品などは知っていて、話してみたら快く引き受けてくれました。で、テーマがヒステリアと話した時に、自分が流産した胎児を撮り続けた写真があるということを聞いて。そこに子どもを熱望していた母親としての悲しみとそれでも撮影するというアーティストとして彼女という揺れ動く狂気のようなものを感じて、絶対にその写真を掲載したかった。山谷さんの場合は人を撮るのが好きじゃないんです。それで話を聞いていったら、今自分で家を建て直していて、その写真を撮ってるということで、建築的なテイストと謎の家族写真が入ってるのが面白いなと。
意図的じゃないんですけど、今号がヒステリアというテーマだからか自分にフォーカスしてるアーティストが多いです。森山さんはセルフィーで、岡部さんも山谷さんも一番プライベートな部分の作品になっている。テーマと合っていて、この若い二人のアイデアを尊重した挑戦的なPETICHORの内容を保ちつつ、落とし込む形式を洗練させるという、すごく考えられたバランスになったと思います。
そのフォーマットの土台を作ってくれたのが大橋さんですが、この価格にするからにはそこにあるだけで存在価値があるような雑誌にしなくてはいけないから、ハードカバーにするのはもちろん、表紙だけで40稿出すくらい突き詰めてくれたし、紙質からフォントから全てにおいてこだわってくれてます。彼も大御所だからこそ普段は絡まないようなフレッシュで荒々しい才能と触れ合ってほしかったし、実際すごく楽しんでやってくれていたように思います。マツくんとツネくんは今号では企画出しはしないけど編集のプロなのでそこに徹してもらってという、それぞれの役割分担がしっかりした新しいフォーマットを作りました」
――今回、編集後記を入れなかったのはなぜ?
ニーナ「編集前記として詩を入れてるんですけど、それが編集後記のような役割を果たしている内容になっています。でも一番の大きな理由は、自分を出す必要がなくなったということですね。元々この雑誌はスタイリストをやっていた頃に自分の意見を出す場所がない鬱憤がたまって始めたものだったんですが、今はアーティストとして自分の意見をしっかり言う場ができた。アーティストとしてはリリック、声色、パフォーマンスの仕方、ライヴなど、自分自身で表現するものが山ほどある。だからこそ雑誌では我を出さなくていいし、むしろ自分の意見を言わない場所がほしくて編集長に徹するという立ち位置になりました。私の文章って、本当に私が出てしまうから、編集後記を出すとそこに他が引きずられるんですよ。それより、ララや向日葵とか他の人たちの作品を綺麗にまとめたいし、そっちが目立ってほしい。みんなの本であってほしいという気持ちがありました」
――最後に、今後に関して聞かせてください。EPがオペレッタ(小歌劇)ということはフルレングスのアルバムもヒステリアというテーマになりますか。
ニーナ「いえ、完全に別のテーマになります。アーティストとしてのキャリアを雑誌に見立てて、どういうチャプターがあるかとなった時に、第一幕にふさわしいのがクラシカルな要素やダークさという生涯変わることがないであろう自分の土台部分を投入した『OPERETTA HYSTERIA』でした。性格的にも一生ヒステリアが付き纏いそうでもあるし。次はそこから離れたテーマになって、雑誌も引き続き関連した形で出していく予定です」
art direction PETRICHOR
photography Takao Iwasawa
text Ryoko Kuwahara
PETRICHOR MAGAZINE Volume 0
https://ninautashiro.com/collections/frontpage/products/petrichor-magazine-volume-0
発売日:歌代ニーナ official site (https://ninautashiro.com/) にて販売中、全国書店などでの一般発売は9/5(月)~
判型:A4変形 / ハードカバー
頁数:128ページ
発行部数:2000部(ナンバリング付き)
定価:¥6,000 (税込)
発行:ペトリコール インダストリーズ
出版:合同会社 ハッピー エンディング エンタープライズ
印刷:株式会社イニュニック
歌代ニーナ
EP「OPERETTA HYSTERIA」
ARIA 2. HYMN 3. CAPRICE 4. ARABESQUE 5. NOCTURNE 6. ÉTUDE 7. REQUIEM
https://ninautashiro.com
https://www.instagram.com/ninautashiro/
PETRICHOR
https://ninautashiro.com/
https://www.instagram.com/petrichorindustries/