『ばらの庭』 (2019年 六甲山ローズガーデン)
フィジカルな距離を求められる今、オンラインに没入する時間が増加傾向にある。情報収集や人との繋がりはもちろん大切だが、同時に自身を落ち着いたオフラインの環境に置くこともまた重要だ。自分が求めるものや喜びを感じるものを、己の手を動かして創り上げる時間は、長期戦が見込まれるこのニューノーマルを生き抜くための術でもある。NeoLではハンドメイドのアートで人々を魅了する作家の作品を紹介するとともに、ものづくりの時間へ誘う。
昭和の家庭ではスタンダードだった大ぶりの薔薇模様が描かれた毛布。西洋のカルチャーへの憧れを過度な模様や色彩に変換したその毛布を用い、様々な立体作品を生み出しているアーティスト、江頭 誠。見慣れたはずのものがその柄に包まれた時、新しい価値観や見方を差し出す様は、嬉しい驚きをもたらしてくれる貴重な「体験」だ。近くて遠い存在のような薔薇柄の毛布をアートに変換することになったきっかけから制作の過程などを聞いた。
ーー毛布(特にバラ模様の毛布)を用いた創作を始めたきっかけを教えてください。
江頭「大学生の頃に一人暮らしをしていて、自分では部屋をシンプルにまとめていたつもりが、ある日友人に“毛布だけ生活感が出ている”と指摘されました。その瞬間から今まで気にもとめていなかったバラ模様が浮き上がって見えてきてどうにも気になってしまい、制作に用いてみました」
ーー彫刻を学ばれていたところから、毛布を使った立体アートへ。立体を重量のある平面である毛布で包むという制作のプロセスで一番難しい箇所は?
江頭「作品を作る前のプラン作りです」
ーー最初に作った作品はどのようなものでしたか。また今振り返って自身にどのようなアドバイスをしたいですか。
江頭「最初に毛布の作品を作ったのは大学4年の卒業制作時。『大阪の冬の陣』というタイトルで、毛布で大阪城を形づくりました。毛布という素材に慣れておらず無骨さはありますが、あの時にしか作れないものなので、アドバイスをするというよりも友達に言われた一言をずっと気にしていて、作品に昇華できていて良かったね!と思います」
『大阪冬の陣』 (2011年 多摩美術大学)
ーーバラ模様の毛布の魅力をどのように捉えられていますか。
江頭「正直、私はこの模様が好きではありません。その好きでもない模様が当たり前のように私の生活空間に溶け込んでいたことに興味があります」
『茶畑と機関車の間』 (2019年 島田市川根町抜里)
『Untitled』 (2019年 COCON KARASUMA)
ーー作品の中にご自身の“核/個性”をどのような形で表現されていますか。その“核/個性”を作り上げたプロセスを教えてください。
江頭「日常生活の中で気になった物事への新たな気づきや価値観を形にしたいと思っています。自分の育ってきた環境や、触れてきたものによって、私たちの視線にはどうしてもバイアスがかかってしまいます。そうして作品にも自分が好きなもの、興味のあるものだけを取り入れがちになってしまう。
自分の好きなものや興味があるものを掘り下げることもしますが、その反面、何に対しても一度は触れる機会をもったり、好きではないものに踏み込んでみたり、無意識に排除しているものを自分の中に取り入れたりすることで、できる限り物事をフラットに見ようという意識をしています。そうすることで、それまで着目していなかったものに面白味を発見でき、今までの価値観を覆すような気づきが生まれることもあります。
そうやって物事を見ていくと、無駄なものはないと感じます。
“もの”や“価値観”に対する気づきが作品の核となっていると今は思います。
この状況下にあるため今はできていませんが、散歩をしたり、リサイクルショップ巡りをすることが自分にとって価値観の幅を広げるための日課であり、新たな発見を探す冒険となっていました。冒険ってワクワクする言葉でいいですよね」
作業風景
『suit』 (2017年 六本木ヒルズ)
ーー素材となる毛布はどこで仕入れ、ストックがどれくらいあるのかなど差し支えなければ教えてください。
江頭「最初のうちはネットオークションなどで中古の毛布を購入したり、友人からいらなくなった毛布をもらったりしていました。現在もネットや友人からの寄贈も一部ありますが、2017年からは西川株式会社(旧 京都西川)さんから素材提供していただいているため、基本的にはそちらの素材を使用しています」
ーートイレや庭道具など元となる3Dの物体のセレクトが非常にユニークです。どのような発想から元となる物体となるものを選んでいかれるのでしょうか。
江頭「展示会場を見てからプランを組み、その場所にあったモチーフを選んでいます。先日、お茶畑の近くで展示した際は、茶摘み用の籠や農作業着をモチーフにして制作し、現地の方に実際に着ていただきました」
『お花畑』 (2016年 スパイラル)
『神宮寺宮型八棟造』 (2015年 川崎市岡本太郎美術館)
ーー柄がどの部分にくるかなど、綿密に組み立てられているように感じます。どのようなバランスや工程を経て完成に行き着くのでしょうか。
江頭「最初に作品の一番目立つ箇所に目立つバラ模様を配置し、そこから全体のバランスを見ながら、色、大きさなどを決めていきます」
ーー点としてではなく、空間として存在する大掛かりな作品も多く作られています。1点でのバランスと、空間全体としてのバランス、それぞれにどのように構築されていますか。
江頭「モチーフの大きさ、高さのバランスを見て構築していますが、お気に入りのモチーフは、やはり目立つところに配置したりはします。観る人が一見して気付かなそうな箇所に仕掛けを作ったりするのも隠れた楽しみです」
『ばらの庭』プランデッサン
ーー空間では過度とも言える柄の組み合わせに凄みを感じるとともに、シュールさ、ポップさも感じます。最初に全体像を描いて特色を決めていくのか、結果としての配置となるのか、どのような空間設計のプロセスがあるのでしょうか。
江頭「最初に作品の配置を紙に描くなどして全体像を決めています。それでも現場で何回も配置を変えたり、作品物を足したり引いたりを繰り返します。この作業に一番時間がかかりますね」
ーーもし何かを包む立体作品に挑戦しようとする場合、着眼点や技術的なアドバイスがあれば教えてください。
江頭「技術的には特にアドバイスはなく、何回かやっているうちにコツがつかめてできるようになると思います。やってみるのみですね。着眼点に関しては、常に何か面白いものはないかとアンテナを張っておくことが重要だと思います。それは何をするにしても持っておきたい姿勢です」
『ブランケットが薔薇でいっぱいⅢ』(2018年 近江八幡市街)
photography Mao Shibata
『博多人形』 (2017年)
ーー新型コロナウィルス感染症(COVID-19)でクリエイティヴ面にどのような影響が出ていますか。
江頭「展示が延期になっています。夏から秋にかけても展示イベントが予定されていますが、現状ではどうなるかまだわかりません」
ーーこの側面で新たに気づいたこと、やってみたいアイデアがあれば教えてください。
江頭「普段は大型のインスタレーションで、触れて体感してもらえるような作品を多く展示していたのですが、それが不可能になり、より一層その場で“体感できる”ということの重要さを感じました。“現場”と“もの”を通して感じる、その場でしか味わえないリアルな体感を共有したい。
自分にとって作品は観客とのコミュニケーションツールでもあります。“もの”を介して人を感じられるというのは、今できる大切なことだと思います。このような状況だからこそ、オンラインも良いですが、たまには手紙を書いたり、贈り物をしたり、実際の“もの”を使ってのコミュニケーションをとるのもいいかもしれませんね」
『玄関にある水槽』 (2020年 とじこみ)
『玄関にある石の置物』 (2019年)
ーー事態が好転し、COVID-19が収束したらしたら何をしたいですか。
江頭「今までで一番の大型展示(インスタレーション)がしたいです。色々な方に作品を現場で観て触れてもらいたい。展示だけでなく、遊び場を作り、ミニ四駆大会などもしたいし、何かテーマを決めて自分たちの好きなものを持ち寄ってのフリマや交換会とかもしたいですね」
ーーニュースなどお知らせがあればお知らせ下さい。
江頭「京都にあるRC HOTELさんで展示中でしたが、現在は一旦展示を中止しています。状況が収束したらぜひ遊びに来て下さい。今後も展示の予定はあるのですがなんとも言えない状況です。まずは事態を収束させることに専念したいです。また展示ができるような状況がはやく訪れることを願います」
『間にあるもの』 (2020年 島田市川根町抜里茶畑)
江頭 誠
アーティスト
IG : makotoegashira_artwork
HP : https://makotoegashira.wixsite.com/artwork