展示のごとに驚くべき進化を見せてくれる永瀬沙世。8月にALで開催された『MERRY-GO-ROUND』では雪山やハワイの海を彼女ならではの視点で切り取った作品たちは、前回『Milky Way 天の川』で見せた無重力の宇宙空間とはまた異なる、原石のような深く強い色彩を持ち、生命力を感じさせる水の波動をたたえていた。再び色を持ち始めた彼女の作品やその制作の背景、表現とコミュニケーションについて、展示会場で話を聞いた。
――『MERRY-GO-ROUND』は前の作品とはまた違った流れになったという印象を受けました。例えば今までは気体のイメージだったものが今回は“水の惑星”、まさに生命力を持った液体のような。
永瀬「おもしろい! それは無意識でした。今回は展示テーマについては最初から決めていたわけではないのですが、写真だけは展示用に撮ったものが1800枚ありました。琴線に触れるものだけをテーマもなくただ撮っていたのですが、その写真の中からどう選ぶかは全く決めていなくて。ただ、似た写真を集めるのではなく1枚ずつ選ぼう、全体で一つということよりも1枚がしっかりと立つものにしようとは思っていました。その選定作業にかなり時間がかかりましたね。いつもはやく選定してほしいと言われるのですが、時間を意識し過ぎてデッドラインのために調整してしまうと自分のやりたいことに嘘をついてしまう気がするので、いかに正直にいくかを重視しています。だからこそ、今回も見えてくるまでギリギリまで写真を絞らずにいました」
――選定作業の中である程度標準が定まってきたのはどういったタイミングだったんですか?
永瀬「タイトルを決めてからです。前回はすぐ決まったのですが、今回はタイトルを決めるのにもかなり時間がかかりました。もともともっと科学的な名前のタイトルを想定していたのですが、ポップなものにしようと気持ちが変わったんです。このタイトルにした理由は、長野のスキー場で撮影した帰り道のインターチェンジにメリーゴーランドがあったからです。ちょうどタイトルを考えていた時期にメリーゴーランドで撮影することがあったり、展示で流す音源を考えていた時にたまたま前にパリでメリーゴーランドの音楽を録音したときの音源がたまたま出てきたりということがあって。前の展示は空中ブランコのような浮遊感があるイメージでしたが、メリーゴーランドは軸があって地に足がついている。今回はもっと地に足がついた人間味のあるものにしたかったんです」
――ポップなタイトルにという発想にシフトされたのは、永瀬さん自身に楽しむ余裕が生まれたからですか。
永瀬「個展で楽しめない自分を肯定できるようになった、という感じです。前回はそれで悩んでいて、“なんで自分は自分の好きなことをやっているのに楽しくなさそうな感じなんだろう? いつも全力投球しすぎていて楽しむ余裕が無い”という話をNeoLのインタビューでもしましたよね。そこで、これまで沢山のアーティストを見てきたGallery360°オーナーの根本(寿幸)さんに相談してみたんですよ。そしたら、“アーティストなんだからしょうがない”と(笑)。でも、“全力投球ができているのは良いことなんだよ”とも言ってくれて、それを聞いて自分を肯定できました。テンパっている自分を肯定してもいいんだなと思えるようになったんです。結局、私は楽しいを優先して、やりたい方向をズラすというのが嫌なんですよね。刹那の楽しさがあっても、コンセプトからズレてしまうと結果的に楽しくない気持ちになってしまいますから。そこのバランスをすごく考えていて、自分に嘘をつかずに、でも過程も楽しむことができるように修行してきた成果が出て、今回は本当に楽しかった」
――今回の展示の前にはブログ(https://sayon.hatenablog.com)を始められて、このインタビュー中にもブログを読んでいますというファンの方からの声が聞かれましたが、そういう発信も作品に影響していますか。
永瀬「ブログの存在は大きいですね。SNSはみんなにどう反応されるかを気にしたり、レスポンスや共感ありきのものじゃないですか。それは発信者やアーティストのマインドに沿っていないんじゃないかなと疑問に思うところがあって。私自身も“こう言ったらどう思われるかな”と気にしていたところもあったし、SNSだと短文なだけに誤解されやすいし流れていってしまいますから、いろんなフラストレーションがあったんです。でも、ブログは長文で書けるし、人となりが伝わりやすいから誤解されづらいと思ったし、そこでは耳障りがよくて気持ちのいい言葉だけを発信しなくても伝わる気がして。そうやって、別の居場所を作ってみようと思ってブログを始めました。コメント欄はつけてないので言いっぱなしなんですが、それでも直接会った人たちからかなり反応があって」
――そうなんですね。SNSのイメージでは華やかなアーティストとして捉えられがちですが、ブログでは本音で制作の話をされていて、真摯に作品に向き合っている姿勢が切実に伝わってきます。
永瀬「そう、私はイメージと実物が乖離していたんです。友人たちにも最近よく忠告されていました。 “世の中の多くの人は虚栄心や自己顕示欲で動いている。あなたは特にそういう回路で動いていそうな職業だから、実はやりたいことをやっているだけなのに計算してやっていると周りに誤解されている”と。SNSを通して見える私は派手でフワフワとした空中ブランコのようらしいのですが、実際に会って話してみると地に足のついたメリーゴーランドだとわかる、とも。ブログを書くことによって、それを読んだ人たちから私が思ってもいなかった“見られ方”と“本質”のギャップを指摘されることが増えたし、誤解されることも減りました。
そういう誤解はお互いが抱いているもので、私も他の人を誤解してしまったりしているときも多くて。例えば作品展に来られた方と話す機会があったとき、目をそらされたりすると一体これは何現象だろうと、謎だったことがありました。でも聞いてみたら、照れていたり、尊敬しているから萎縮していただけだったとか。それは来てくれた方が私のほうを上に見てくれていて、でも私は対等に見ていて、という認識の違いから起こる掛け違いですよね。
そこで、ブログを始めることで私は一人の人間ですということを発信して、人対人の対等なコミュニケーションを取ろうと思ったんです。さっきサインを求めてくれた方も、ブログを読んでくれていなかったら声をかけてくれていなかったかもなと思います。インスタだとキラキラした側面しか見れないから、そこだけを見て上の人だと思うと声をかけづらいじゃないですか。ブログを始めたこともあって少し人とのイメージのズレを縮められたから、今の私は前よりも落ち着いているのかもしれないです。そうやって自分が謎だったことが最近クリアになっていったので、ストイックなタイトルではなく『MERRY-GO-ROUND』というタイトルにして。そこから作業が進み始めました」
――とてもよくわかりました。ブログをそういう風に思って始められていたのは驚きましたし、やはり表現ということに関してすごく勘が鋭い。ブログという手段に自力で辿り着いたのも凄いことです。
永瀬「本当に困っていたんですよ。ブログもたくさん練習したんです。最初の方は格好つけてしまっていい文章が書けなかったんですけど、格好つけてしまっていたら今までと変わらないじゃないですか。インスタのストーリーに文章を書いて練習したりもしました。ストーリーは24時間で消えるから、多少痛いこと書いても大丈夫だし。普通は文章を書いた後って推敲するものだと思うのですが、私の場合は考え直してしまうと怯んでしまいそうな気がするのでとりあえずそのまま投稿するようにしていて。恋愛と一緒で、盛り上がっている時の勢いを保たないと恥ずかしさに飲まれてしまうんですよね。そうやって練習することで、“こんな恥ずかしい自分を晒しちゃったからもういいや”って、自分を出すことを怖がらなくなりました。先に恥をさらすと怖くなくなりますから。今では本当になんであんなに悩んでいたんだろうって思いますね。こんなに簡単なことだったのに。コミュニケーションって本当におもしろいですし、コミュニケーションの実験は大事だなと感じました。先ほど、前回が気体だとすると今回が水のような具象だと言われましたが、それも怖がらなくなったという影響もあると思います。メンタルの解放ができました」
――表現とコミュニケーションの研究をされたことが作品にも繋がっているんですね。この話は、写真の道を目指している人はもちろん、今は一般の人がSNSという表現手段を持つ時代だからそこに対してもアプローチする内容だと思います。
永瀬「今回の展示ではインスタで生配信もすると言うと、友達に“ “写真のテクニックとか写真論についての話をするの?”と言われて不思議でした。みんな、職業や肩書きとは別にその人自身の側面もあるはずなのに、なぜそこに縛られてしまうのかなと。たまたま私の場合は表現の出力方法が写真だっただけで、ブログを書く時にも写真のことを忘れているし、やっぱり人間性の部分が大切。だから写真だけじゃなく様々な表現方法を試みているんだと思います」
――確かにそういう姿勢じゃなかったらこの展示にはなっていない。表現方法を様々に変えて研究していっているけど、永瀬さんのクリエイションを支える原動力となっている“好奇心”はどこまでも真っ直ぐだなと思います。それが今回の写真展における、怖がらないで未知の世界へ飛び込むという本質的なテーマにも繋がっている。
永瀬「ありがとうございます。展示会場でも研究をしています。天井を覆う布も、繭から脱皮した後やクラゲのようなイメージだったんですね。そのうえで、綺麗ではないものにしたかった。生き物が脱皮する時は綺麗に皮を脱いでいないし、クラゲも泳ぎ方は意外と綺麗ではないですから、わざと歪にしているんです。あと、いつもは額の色を白にしているのですが今回は黒にしました。全てを白にしてしまうと浮遊間が出てしまって、メリーゴーランドの地に足が着いた感じが薄れてしまう。黒はメリーゴーランドの軸足のイメージでもあって。会場の仕切り方も、人の目線や導線、心理を考えています」
――なるほど。ではテクニカルな部分についてはいかがですか。
永瀬「一昨日、友人のアーティストが展示を見に来てくれて“どうやってこんな色を出しているの? CG?”と訊かれたんですけど、CGは一切使っていないし、カラーコントロールもレタッチもしていないんです。どうやらこれまで多くの方はちゃんとセッティングしてエフェクトで作った写真だと思っていたようなのですが、私は当たり前に“自分はそういうことをしない人間だ”と思っていたので、そこを全く説明していなかった。それも周りとのズレの話なんですよね。特にブログを読んで最近知ってくださった方は、これまでのキャリアを見てきていないぶん私のことをグラフィックアーティスト寄りの手法だと思われている方が多いようで、そのぶん“全く加工を加えていない”と説明するとすごくおもしろがってくれる。それも “CGじゃないんだ、凄い!”と言われたことで初めてそのズレを自覚して、“レンズをカメラにテープでぐるぐる巻きに留めて、手に珊瑚を載っけて撮ったよ”と説明することでズレを修正できました。
でも難しいのはそういったDIYの制作風景や裏側を出しすぎることで見る人の邪魔になってしまわないかと懸念もあるので、そこのバランスは考えています。例えば、撮影している裏側は見せないけれど、エフェクトに手を加えていないということは説明した方がいいな、とか。雪山の中でライトで雪が溶けてしまうのを何度も雪をコップですくってる姿なんて見せるものじゃない(笑)。そこは見る人のことを思ってファンタジーにしたい。もっと見ている人に没頭してほしいですから」
――今回は一点ものの洋服「FAIRY ORGAN」も作っていらっしゃいましたね。作品との関連はあるのでしょうか?
永瀬「テーマとしての関連は特にないです。ただ、今こうして作品を発表して注目を浴びている時に一緒に見てほしかったのでこのタイミングで出しただけです。写真において、私はディレクターでありプレイヤーでもあるから全て手がけているんですが、洋服は他の信頼できる人に任せる部分も設けられる。だから、写真とはまた違った表現方法を試す実験の一環としてトライしたんですね。洋服を作ることで、自分の中にどういう新たな回路が作られるか。それをまた次の表現にフィードバックさせたいです」
――300部限定の写真集の作りも、先ほどお話しされていたDIYの精神が込められていました。家族写真のアルバムのような感じで、とても素敵なレイアウトですね。
永瀬「はい。私は写真集を大量に生産することにそこまで興味がないんです。デザイナーの米山(菜津子)さんには“手に取った時に大事にしたいと思うような写真集にしたい”と伝えました。写真の点数が少なくても、一つひとつに心動かされるような。手に取る人一人ひとりがそれぞれのストーリーに当てはめて見ることのできる写真集にしたかった。昨日、写真を買ってくれた人に“黒い額じゃなくて白い額に入れても良いですか?”と聞かれたのですが“そうやって飾らされたところが見たいのであとで写真を送ってください”と頼んだんです。私の作品が、作家である私の元を離れた後にその人の人生の一部になるってそういうことだなと思います。そう考えると、写真集も展示も丁寧に作りたいし、熱中しすぎていつもヘロヘロになっています(笑)」
永瀬沙世 写真集『MERRY-GO-ROUND』
仕様:ハードカバー
ページ:24ページ
サイズ:W315 x H218 mm
発行部数:300部
デザイン:米山菜津子
発行:YOMOGI BOOKS
永瀬沙世 SAYO NAGASE
東京をベースに活動する写真家、アーティスト、ヨモギブックス主催。現在まで11冊の写真集を制作。 そのうちパリを拠点とするストックホルムの「LIBRARYMAN社」から2冊出版される。2018年に「Milky Way 天の川」を360°(神宮前)にて発表、同タイトルの写真集も発売。2019年8月に恵比寿 ALにて新作展「MERRY-GO-ROUND」を開催。
http://www.nagasesayo.com
https://www.instagram.com/say0ngs/
text Ryoko Kuwahara