Shared Baby (2011) ©️Ai Hasegawa
3人以上の親の遺伝情報を持つ子供が作れる可能性を示した“Shared Baby“、実在する同性カップルの一部の遺伝情報から出来うる子供の姿、性格などを予測し「家族写真」を制作した“(Im)possible Baby , Case 01 : Asako & Moriga”など、バイオロジーを用いた現在より少し先の実現可能な未来を描いたアートを提示し、人々の欲求の向かう先や選択肢の広がりとともに、社会や現実の孕む問題をも突きつける長谷川愛。自身の欲求から生まれるという独創的な発想を科学と接続する過程、そして作品の多くで言及されている生殖や家族の形について、現状と照らし合わせながら話を聞いた。(→ in English)
――以前にトークイベントで長谷川さんが、“Human X Shark”(資生堂とのコラボレーション作品。女性を強くし、サメを誘惑する香水制作の可能性を探るリサーチプロジェクト。2017年発表)の制作秘話として、日本の男性との付き合いに疲れていっそ大好きなサメを魅了しようと思ったとおっしゃっていたのが印象に残っています。長谷川さんの作品はバイオロジーを取り入れたアートということで難解なイメージを持つ方もいるかもしれませんが、各作品に共感できる人間らしい動機があるところがとても素敵だと思いました。
長谷川「ありがとうございます。どの作品も作ろうという動機はそのように自分の内側から生まれてきています。“Shared Baby“(社会や技術の進化によって変化する家族の形態、関係を思索するワークショップ、写真、プロダクトデザイン、ダイアグラム。2016年、ミトコンドリアDNAに問題がある女性の医療の一環で3人の親の遺伝子を引き継ぐ子供が産まれた。体外配偶子形成(IVG: in vitro gametogenesis)の研究などの先には更に3人、4人、5人等、複数親の遺伝情報を持つ子供が作れる可能性がある。2011年発表)も一対一の関係から作られる家族の形態に限界や疑問を感じていたことや、恋愛感情はないけれど家族には最適な友人らとみんなで子供を育てられたらという会話から見えた自分の欲求から生まれています。“(Im)possible Baby , Case 01 : Asako & Moriga”(実在する同性カップルの一部の遺伝情報から出来うる子供の姿、性格などを予測し「家族写真」を制作。iPS細胞の研究の未来には可能だと言われている。技術的、倫理的に現在ではまだ”不可能”な子供だが、遺伝子データ上での子供の推測ならば同性間でも出来る。ウェブの簡易版シミュレーター(β版)では、カップルの23andmeの遺伝データをアップロードすると、ランダムに出来うる組み合わせの子供のシミュレーションが病気のなり易さや外見、性格に関する情報などが文章で出てくる。第19回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞受賞。2015年発表)も友人との会話からですね。
”Human X Shark”に関しては、恋愛工学が流行ってから、恋愛はハンティングであるという思考や男性が女性を人間ではなく獲物として接しているような気がして。スワイプして相手を選ぶマッチングアプリの出現もそれに拍車をかけているなと。恋人とはかけがえのない存在であるはずなのに、替えのきくものとして定義されはじめている。心理学者スーザン・フィスク氏の実験によると一部の男性の脳はビキニ姿の女性を見た時に道具を見た時の反応と似た傾向や、人によっては共感を司る部分が反応しないなど、セクシーな女性を「モノ」として見ているのではないかという調査結果もありました。だったら飼う飼われるという支配構造はあれど、人間よりもオキシトシンなどの増加も双方に認められる犬の方が裏切りがなく、本当の気持ちで繋がりあっているんじゃないかなど考えている中、以前イルカと性行為をしているという人の文章を読んだことを思い出しました。彼は向こうがその気がなければ逃げられる大体60センチの浅瀬で行為を行っている、だから合意なんだという主張をしていて。なるほどと思ったし、文章がとてもロマンティックでメスのイルカとの距離が密接なんですね。省みて、人間の男女の距離は遠ざかるばかり。自分と男性との心の距離感はエイリアンとまではいかずともサメくらいはあるなというのが起点です(笑)。元々サメが好きだったこともあり、サメやイルカを産むプロジェクト(“I Wanna Deliver a Dolphin…”“I Wanna Deliver a Shark” 潜在的食物不足とほぼ70億人の人口の中、これ以上人間を増やすのではなく、絶滅の危機にある種(例えばサメ、マグロ、イルカなど)を代理出産することを提案。2011-2013年発表)もあります。こういうアートを作ると変わっていると言われますが、ちゃんと理由とロジックがあって作っています」
Human X Shark from aikiaiki on Vimeo.
――そもそもバイオロジーに関心を持たれたきっかけは?
長谷川「家族がある宗教に入っていて違和感を覚えており、高校を卒業して一人暮らしをするとともにそこから抜けたんです。ただ宗教はある意味便利なもので、例えば“死後はどうなるんだろう”と考えたときに“天国に行くんだよ”というようなファンタジーで心を慰めることができたりするのですが、私はそれを放棄したわけです。そんな中、クラスメイトが21歳にして癌で亡くなり、彼の死をどう解釈して受け止めるかにあたって私には宗教とはまた別のファンタジーが必要となった。そこで科学に着目し、科学を取り入れた私なりの新しいファンタジーを作り始めました。科学は技術発展によって現実と接続する可能性を秘めているので、現実と乖離したフェアリーテイルではなく“信じられるファンタジー”になる点も良かった。しかし、テクノロジーが発展したとはいえ正しい知識や生命倫理が追いついていないと意味がないというのは日々思わされます」
――具体的にはどのようなことがありますか。
長谷川「先日は生殖医療を行われている方と日本の生命倫理に対しての危機感が話題にあがりました。例えば、未婚女性が自分の卵子を冷凍保存することへの認可は日本とイギリスでは数年の開きがあります。他にも、イギリスなど90カ国以上で緊急避妊薬が薬局に置いてあるにもかかわらず、日本では病院に行き処方箋をもらわないと手に入りません。そうなると、日本の未成年の女の子はレイプをされてもまず親に言って保険証を持って行き病院で説明しなければならないという事態に陥る。一刻が争われているのに、当然の権利とされているはずの緊急避妊薬に辿り着くまでの道程が非常に困難なんです。日本では“こういう薬が手に入るようになるとみんなが悪用する”という発想。私は人は性欲が絡むと理性を失いがちだと考えていますが、自制心がなくなることを前提とした上で、それを知性や知識でカバーする建設的な対応をするべきだと思います。傷つく人が減るのならそちらを優先した考えややり方にしないといけないはず。そもそも全てのテクノロジーが悪用される可能性があり、使い方の問題ならば正しい使い方を教えればいいだけなんです。そして使うための知識を得るには使える環境にいることが大前提。関心を持って調べている私でも低容量ピルや緊急避妊薬に関する知識を得るまでに何年もかかりましたし、日本の性教育や性関連の対応は本当に行き届いていないと感じます」
――日本では性教育をする家庭も少ないですね。
長谷川「確かに。私の家庭でもそういう教育は一切なかったですね。ただ2歳上の姉がいたので生理に関して事前に知ってはいたのですが、実際にタンポンの使い方などは知人のお姉さんに教えてもらったり。今ではナプキンやタンポンだけではなく、月経カップなども新たに発売されてネットで買える世の中なので状況は少しずつ変わってはきていますが、何年にもわたり生理を経験し続けている私たちですら未だに毎回の生理に対するベストな対策が編み出せていないじゃないですか。個体差があるので生理痛も人それぞれで中々意見が噛み合わなかったり。フェミニズムの連携が進まないのは、そこにも原因があるんじゃないかと私は考えています。同じトピックを話し合って同じ辛さを共有しあっている気になっているけれど、実は温度差があって結果的に“あれくらいを我慢できないのは努力が足りない”とかいう根性論に落とし込まれてしまったり。男性だとより生理痛の辛さがイメージできないものになってしまうし、誰しもが個体差のことも含めてしっかりした知識を持てるのは大切なことです」
(Im)possible Baby , Case 01 : Asako & Moriga (2015)©️Ai Hasegawa
――今回の特集では、まさにそうした女性の身体について考えようという企画なのですが、発端はアラバマの中絶禁止法が制定されたことです。長谷川さんはこの法案の制定をどのように受け止められましたか。
長谷川「まず、ありえないなと思いました。そしてふと、これってレイプする人たちの“次世代を残す生存戦略”みたいなものが認められたようだ、と考えることもできる。男性の方が子供を残すことに対するリスクが少ない。一方女性は命がけ、そこに女性の選択の自由が絶対的に必要です。“男は遺伝子をばら撒きたいという本能があるんだ”という主張が常にあるけれど、だったら精子バンクに登録すればいいし、その方がよほど効率がいい。結局、理由は後づけなんです。自分の価値観に絶対的な自信を持ち、他者にまで押し付けてくるマチズモ的な思想ですよね。とはいえ、こうしたバックラッシュは常に起こりえます、家庭に入り、子供を産みたいという価値観で生きる人たちにとってはそのような社会の方がその欲望を叶えやすいことも確かです。卵子のアンチエイジング、新たに卵子を体外で作る方法なども検証されていますが、実用化にはもう少しかかります。そのため子供を産む環境として手っ取り早いのは、一時代前の環境に戻すという考えになるのも理解できます」
――なるほど。その視点はなかったです。しかしそれは一つの選択であって、他に選択肢のない状態が望ましいとは思えません。
長谷川「そうですね、選択の多様性の担保は必要ですし、私のプロジェクトも未来の選択肢の幅を広げる事につながればと思っています。それと、こういう問題に向き合った時に、フェミニズム的な表現をどのようにするかということはとても難しい。例えば “女性の権利は弱い”もしくは”生理中に体調が悪くなる人がいる”というメッセージを発信すると、“だから女は男よりも劣っている”とあまりにも直接的に捉えてしまう人もいる。 “女性は生理があるから仕事ができない”と言う方もいますが、それと人権問題は違います。そもそも何をもって能力として価値をつけるか、その価値基準が男性中心の視点だけで決めているのでは?と思いますし。ただアンチフェミニズムの中にも単純にファクトを誤認している人もいるので、グレーゾーンの啓蒙はしたいというのが個人的な意見です。
最近興味深かったのが、“この頃、自分のジェンダーが揺らぎ、アイデンティティが変わってきている”と言っていた方がいたんですが、そもそもアイデンティティは揺らぐものというのが私の認識だと気づきました。女性は月経によってホルモンバランスが定期的に変わるから、ある意味自分の精神状態を客観的に見ることに慣れているけれど、男性はそうした経験が少なく揺らぎに不慣れで幅がないのかもしれないな、と。私は自分をヘテロセクシャルだと認識していますが、今後変わるかもしれません。セクシャリティに揺らぎがあるのを経験上知っているし、ずっと少年のような恰好をしていて、いま女性らしい服を着ているのも女装だと思っているんです。“女である”ということはコンセプトなんだな、と最近ようやくわかりだしてきた。MtoF(男性から女性へ、という意。トランスジェンダー)の方たちの、ホルモン剤を飲み、女性らしい服装や仕草を学んで、というお話を聞いていると、私も大人になったら自然と胸が大きくなると思っていたけれど、思ったより大きくならなかったし、もっと大きくなりたいという欲求もあったりして、女性らしい服を選んだり、“女になる”とはこういうものか、と。“女とは”というロールモデルをずっと刷り込まれたあげく、日本女性は日本男性が好む姿に目がけて自分を調整して頑張っているんだと思います。そういう文化から距離をおき“自然”に生きていたら日本の男性が思うような女性にはならない可能性が高いのでは?とも思います」
I Wanna Deliver a Dolphin…(2011-2013) ©️Ai Hasegawa
――日本は特に社会が女性に課す圧力が強いですね。
長谷川「私も実家が“女はこうあるべき”が強い思想だったし、母はいわゆる理想的な専業主婦だったので、彼女の自己犠牲はとてもありがたいし、それが正義だと思っていました。そういった環境にいると、変わろうという意志がない限りは刷り込みが抜けないですよね。その刷り込みによって、女の子は若いころからずっと“見えない子供”を抱いていると言われている。いつか自分は子供を持つんだろうと思いながらキャリアを考えているんです。でも今の日本社会だと、子供を産み育てるのにも苦しい状況。若いうちに産んでも働かなければいけないし、年をとってからだと子供が産めなくなってしまう。だから、子供が欲しい女性は卵子凍結という手段も考えてみても良いと思います。勿論それが完璧に未来の子供の存在を保証をしてくれるわけではないですが、保険として行うには良いのではないでしょうか。とはいえこれも『血縁至上主義』に縛られているという考え方や、またそもそも産むことが悪い、倫理的でないという『反出生主義』という考え方もあります。世の中にはもっと色々な考え方、生き方があるんだよということが広まっていけばいいですね。
そういえば、先日DMMでVRのアダルトを試させてもらったんです。男性用コンテンツを体験した時に、対象となる女性が目の前にいて見下ろした時は自分の身体が男だということに感動して。ここにもしテクノロジーによって半生体男性器が付加されたら私はどちらもいけるんじゃないかと感じました。アーティストをやめることがあったら、その開発をしようかなというくらい(笑)。人によると思いますが、ジェンダーなんてそれくらいの揺らぎがあるものです」
――技術発展によって妊娠出産、ジェンダーなど様々な変化が起こりますが、平均寿命も今後延びていきそうです。長谷川さんも高齢化に対して関心を持たれているそうですね。
長谷川「これも自分の体験から関心を持つようになりました。私の祖父は100歳まで生きていますが、その裏には20年以上の母の介護や女性の労働力がある。だから一概に長生きが良いことだとは言えない気がして。日本において安楽死がタブーな理由として、平均寿命が延びていくことで“あなたそろそろ死になさいよ”といった『デスハラスメント』が生まれるかもしれないから。とはいえ、長期に渡り他人に介護させるのも、そこに公平性がなければ搾取にも見えます。昔は“天国がある”という発想のもと人をポジティブに見送ることができたけれど、今の日本だとそれだけでは難しい。そういう意味では、死の概念を変えないといけないんですが、その方法が現在はなかなか見つかりません。でも、一年程前それに対するある程度の答えをSFに見つけました。
『ブラック・ミラー』(Netflix配信のドラマ)を観ていて気付いたことなんですけど、要はテクノロジーによって意識をアップロードをすることでデジタル天国に送ってあげるんです。肉体が滅びる人たちや、その身体で生きていきたくない人たちの意識を“テクノロジーによって作られた天国”にアップロードさせ、そこへ住まわせるんです。それがない限りは、ずっと倫理のせめぎ合いだと思うので。とは言え、生命倫理を考える上で“どこまでが医療か?”という問いは重要です。医療とは何か、医療だったら何でも良いのか、そもそも病気という自然なものを治療する医療というものは不自然なのではないか、というところまで考えると、どこまでを医療と捉え、何を死とするか議論していく必要があると思います。獲物が獲れなくなったら死んでいく野生動物のように、私としては自分で自分の面倒を見れなくなったら動物として死んでいる、という意識でいたいのですが、それを他人に押し付けることは暴力的です。ただ、他人を搾取するということをどう考えていくかということが人間の尊厳と共にこれから語られていくんだと考えています」
I Wanna Deliver a … from aikiaiki on Vimeo.
――生命倫理とテクノロジーのせめぎ合いという課題は今後も大きくなっていくと。
長谷川「例えば、上記の例だと、デジタル空間に意識を閉じ込めることの倫理なども生じてくるでしょう。生命倫理だけでなく、トランプが大統領になった選挙戦などの例もありますが、最近は政治的なことにも『デジタル・ナッジ』と私は呼称している、人の考え方をちょっと肘を突くぐらいのさりげなさでコントロールすることも可能だと言われています。テクノロジーでやっていいこと、悪いこと、なぜ悪いのか、なぜ良いのか、様々な角度の視点と、一概に止めるのではなくて議論と最適の法規制の設定などで上手にせめぎあって行けたらと思います」
――最後に、誇張もできてしまうテクノロジーを用いながら「誠実であること」を大切に制作を続けている長谷川さんは、ご自身の作品を発表することでどんな世の中になっていってほしいと考えられていますか。
長谷川「できれば、誰からも搾取しないということ。マイナスの痛みを人に与えないということはとても重要です。私も最近知ったのですが、多分この考え方は『負の功利主義』というものらしいです。 『ベンサムの功利主義』は『幸福の最大化』が目的であることに対して、『負の功利主義』は『苦痛を最小限』にする方がより倫理的に重要だという考え方のようです。とはいえこれは動物の倫理などにも及んできて、自分の快楽が減るという方向に行くので、早く人工肉が出てくることを望みます。
現状、テクノロジーの使い方を考えている人は資本主義に乗っ取った男性が大半を占めているように思えるので、もっとオルタナティヴな考えが出てくるようになってほしいですね。あと、何に対しての欲望をどれだけの人が持つかということによって様々な仕組みは変わってくると思うので、みんなが未来に対してどういう欲望を持つのかということを知りたい。それぞれの未だ顕在化していない欲望について深掘りする機会をもっと増やしたいです。それが未来を作ることに繋がると思います。そういえば、私の作品は、自分ではポジティヴな世界として捉えていたのですが、見る人が変ればディストピアと映るらしいのが興味深いです。今自分に見えているものだけが全てじゃない、『視点の転換』というツールを増強していきたいです」
Human X Shark (2017) ©️Ai Hasegawa
Ai Hasegawa/長谷川 愛
アーティスト、デザイナー。生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに、現代社会に潜む諸問題を掘り出す作品を発表している。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(通称 IAMAS)にてメディアアートとアニメーションを勉強した後ロンドンへ。数年間Haque Design + Researchで副社長をしつつデザイナーとして主に公共スペース向けのインタラクティブアートの研究開発に関わる。2012年英国Royal College of Art, Design InteractionsにてMA取得。2014年秋から2016年夏までMIT Media Lab, Design Fiction Groupにて准研究員兼大学院生。2017年4月から東京大学大学院にて特任研究員・JST ERATO 川原万有情報網プロジェクトメンバー。
(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合が第19回文化庁メディア芸術祭アート部門にて優秀賞受賞。国内外で展示やトーク活動をしている。主な展示、森美術館:六本木クロッシング2016 My Body, Your Voice展、上海当代艺术馆(MoCA) MIND TEMPLE展、 スウェーデン国立デザイン美術館: Domestic Future展、台北デジタルアートセンター : Imaginary Body Boundary /想像的身體邊界展、アイルランド Science Gallery :Grow your Own…展など。
https://aihasegawa.info/work
text & edit Ryoko Kuwahara