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テクノジーに取り込まれるのではなく、協働の新たな可能性を探る。村⼭悟郎個展「Data Baroque データのバロック」


Goro Murayama
Data Baroque – A Thousand Drawings for Machine Learning. No. 84
2023, Acrylic on paper and iron pigments
©︎Goro Murayama
Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art and the artist
 

Takuro Someya Contemporaty Artでは、村山悟郎による個展「Data Baroque データの バロック」を開催。新型コロナウィルスのパンデミックの最中に開催した初個展を経て二度目となる本個展では、3月1日から東京都写真美術館で開催される「記憶:リメンブラン ス―現代写真・映像の表現から」におけるプロジェクトの起点して制作されたおよそ700点におよぶドローイングのシリーズ「Data Baroque‒機械学習のための千のドローイング−」から、約300点を展示。
 

Data Baroque – A Thousand Drawings for Machine Learning. No. 368
2023, Acrylic on paper and iron pigments
©︎Goro Murayama
Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art and the artist

 
「データのバロック」
AIの発展によって人間の生はどう変わるのか? という問いは、芸術の<制作>においても差し 迫った問いとなるだろうか。人類芸術のカタログを読み込ませて生成する再現。あるいは、AI生成物を芸術と見做す新しい視点。さらに既存のプロダクションにおけるAI生成物の部分的な代替。しかし、これらの表現を見通したときに、未だ不足があるような感触は否めない。そこには芸術という概念からして決定的な欠落があるのか、あるいは単に技術的な水準のブレイクスルーを待っているのだろうか。
*
ボードゲームとAIの関係を引き合いに出してみる。チェス、囲碁、将棋のようなゲームにおいては、ルール・有限な状態・勝敗がある。膨大な棋譜データを学習させ、その都度の最善手を予測計算し、数億手先まで読むことができるという。こうしたマシンと訓練するプロ棋士は、以前とは違う感覚を掴んでいるに違いない。熟練した棋士は、ある戦況を「形」として、二次元的な直 感で把握するという。そうした人間の直感に AI の膨大な予測計算が結びついて、棋士の思考のタイムスケールは拡張するのである。では、芸術の<制作>においてデータとは何だろうか?
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芸術のデータを便宜的に<制作過程、作品、批評的背景>に分けて考えてみると、圧倒的に欠落しているのは個別の制作過程のデータである。これはしばしば作家自身によって秘匿され、歴史の荒波にさらわれて跡形もなく消え去る。しかし作家主体の思考の現れである制作過程を欠いては、AIに学習されるのは<鑑賞される芸術>の側面でしかない。棋譜抜きの囲碁将棋のようなものだ。
、、、、、
芸術とは鑑賞されるものであると同時に、つくるものであるから、個別の制作過程のデータは欠かせないはずである。
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とはいえ芸術には、明示的なルールも有限な状態も自明な勝敗も存在しない。では、どのような制作過程を記録すればよいのか。本作では、私にとって原初的なドローイング<二つの反復する筆致でパターンを構成する>を用いて、全て統一したフォーマットで制作を行ない、一筆一筆を写真で記録した。学習データは数が多いほど精度があがるため、作品点数は1000枚を目処とした。途方もない作業であり、制作のオーダー自体が変わってゆく。一枚一枚を単一のアルゴリズムで生成 するAIとは違い、制作プロセスには創発と段階的なパターンの発展が刻まれ、絵から自然言語へと発達するような道筋が現れている。
そう、AI時代においてすでに転回はおきているが、人間は既存のデータを解析するのではなく、より現実を反映するであろうデータをAIに読ませようと苦心するなかで、新しい現実性に突入してゆく。それを「データのバロック時代」と呼んでみても面白かろう。
 
村山悟郎
 

Goro Murayama
Data Baroque – A Thousand Drawings for Machine Learning. No. 377
2023, Acrylic on paper and iron pigments
©︎Goro Murayama
Courtesy of Takuro Someya Contemporary Art and the artist

 

東京藝術大学在学中の2008年度に東京都現代美術館に作品が収蔵されたことで話題を呼ぶなど、 常に高い注目を集める村山は、科学やテクノロジーといったさまざまな領域と協働し、「いかに世界は創発するか?」という根源的な思索を元に、自己組織化のプロセスやパターンを絵画やドローイングを通して現してきた。作品を通じ人間の創意の可能性を追求しており、外在的な環境やシステムとの相互関係の中で自身の作品を発展させていくことを模索しつづけている。セルオートマトンや⻩金比など、数理的なモデルを用いた制作は、昨今存在感を増すジェネラティブ・アートをはじめ、さまざまな美術史的な動向との関連を見出すことができるが、近年では、TSCA初個展「Painting Folding」(2022)で新型コロナウィルスの形成にも関連するタンパク質の3次元構造を参照に制作されたシリーズを発展させた「ICC アニュアル 2022 生命的な ものたち」(2022 年、NTT インターコミュニケーション・センター)におけるプロジェクトが、さまざまな領域の第一人者からも高い評価を得た。同プロジェクトにおいて村山は、AIの機械学習を利用することで、タンパク質構造の規則性を踏襲しつつも素材となる麻の繊維としての性質も反映して織り上げた「織物絵画」の3次元構造からアミノ酸配列を逆計算し、自然に存在しうるタンパク質構造を新たに導き出すことを試みた。
本展では、AIとの相互学習から村山の作品がときに複雑に組織化しつつ発展する過程を見るプロジェクトのために、村山自身が1年をかけてAIに向け描いたおよそ700点におよぶドローイング・シリーズを網羅的に展示する。タイトルにある「データのバロック」は、高度に発達したAIに学習させるために、人間がAIのためのデータ作成に創意工夫する時代を予期した村山によって提案された。AI が人に代わる時代の到来が取り沙汰される今日、それは悲観的に思われることもあるが、例えば鳥が交配相手を獲得するため世界−対象に対して自らを装飾的/劇的 につくりだすように、人がAIのためにより「装飾」されたデータをつくりつづける時代がくるならば、そうした人間の創意を豊かで美しい形でデータの中に留めることができるかもしれない。
本展におけるドローイングは、村山に特徴的な、シンプルでありながらも生命感のある反復した線で描かれており、そのパターンが多様で複雑であるほど、それらを学習するAIもより人間に近い描画を生成することができる可能性がある。このような科学やAIを通じた村山の制作は、芸術の領域からの能動的な試みとして、どこまで村山が自身の表現を更新可能か探っている。 テクノロジーの発展によって合理的にシステム化されていく世の中にあって、それらに取り込まれるのではなく、どのように協働し、新たな可能性を探ることができるのか。本展における村山 の取り組みは、このような問いへと思考をひらく契機となるだろう。
 

村⼭悟郎|Data Baroque データのバロック
会期:2024年3⽉2⽇(⼟)〜4⽉6⽇(⼟)
レセプション:3⽉2⽇(⼟)15:00〜18:00 ※作家来場予定
開廊:⽕〜⼟ 11:00 ‒ 18:00
休廊:⽇曜・⽉曜・祝⽇
会場:Takuro Someya Contemporary Art
〒140-0002 東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex I 3F TSCA
TEL 03-6712-9887 |FAX 03-4578-0318 |E-MAIL: gallery@tsca.jp

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