PARCO MUSEUM TOKYOにおいて、アーティス ト・布施琳太郎による個展「新しい死体」が開催。
ウェブページを「会場」とした展覧会《隔離式濃厚接触室》(詩人・水沢なおとの二人展)を開催し、大きな注目を集めたアーティスト布施琳太郎。 翌2021年、布施琳太郎は、600ページにおよぶ冊子を「入場券」として配布し、1フロア1,200平方メートルの造船所跡地をめぐる展覧会《沈黙のカテゴリー》のキュレーションを手がけ、若手アーティストや批評家、詩人、学究の協働によって、ソーシャルメディアによって失われた「言葉」の奪還を試みた。そして今年2022年5月、製本工場跡地ビルの6フロアを使い、自身を含む総勢17名の作品を展示した展覧会《惑星ザムザ》は、10日間(延⻑2日間を含む)の会期中に4,800人を動員し、布施琳太郎によるキュレーションは「現象」に。 本展は、アート界の風雲児・布施琳太郎によって「個へのレクイエム」として企図され、個展の概念を葬り去る「最後の個展」である。
他に例を見ない「物語(キュレーション)」を矢継ぎ早に繰り出し、突出した存在感を放つアーティスト・布施琳太郎による、型破りな「個展」。 本展会場では、限定Tシャツやオリジナルグッズ、関連書籍などを販売。
さらに、SUPER DOMMUNEで本展開催を記念した番組《布施琳太郎presents「個なき孤独」》を8月12日(金)に配信予定。
以下、作家ステイトメント。
ひとつの空間に与えられた言葉として「新しい死体」は強すぎるかもしれない。しかし今の僕が考えたいこと、そして表現したいことを一言で述べるなら、この言葉しかなかった。
「死体」はあまりに美術史的な言葉だと思う。「芸術」という言葉が⻄洋から輸入されたものだとしたら、その起源を考えるときに僕の脳裡をかすめるのは、フランスやイタリアのミュージアムに絵画や彫刻として陳列された夥しい量の死体のことである。それは美術解剖学の専門家だった父の仕事道具である解剖図 や骨格標本などが、生まれ育った実家に並べられていたせいで抱いた美術史の印象なのかもしれない。しかしそれでも、僕にとっての美術史とはまず描かれた死体たちである。
死体とは、なにものかが不在に到達することによってのみ可能な、存在の形式である。それは僕がこれまで思考を重ねてきたインターネットを通じて出会い/別れる人々の身体の、もうひとつの可能性だ。
この展覧会を準備するなかで、ちょうど100年前に書かれたひとつの小説を読み直した。芥川龍之介によ る短編小説『藪の中』である。その中心にあるのはひとつの死体で、小説は死体についての4つの目撃談と、3つの殺害の告白によって構成されている。覆せないのはひとつの死体があることだけで、読み込め ば読み込むほどに、その死因は霧散していく。死体の死因は、謎のまま放置されている。
『薮の中』において芥川龍之介は、物語内の真相や目的を組み立てる主体ではない。むしろ、そこでうつりかわる女の印象や殺害の理由、そして恥や嫉妬といった行動原理が、それぞれの発言のあいだで浮遊していく。ひとつの死体を理由としてのみ展開し、作者すら置き去りにしていく劇的独白。
「新しい死体」は、こうして霧散し、不在にいたる個についての個展である。
布施琳太郎
布施琳太郎 個展「新しい死体」
RINTARO FUSE SOLO EXHIBITION “DEAD CORPUS”
会期 :2022年8月11日(木祝)‐8月29日(月)
11:00-20:00 ※入場は閉場の30分前まで ※最終日は18時閉場
会場 :PARCO MUSEUM TOKYO(渋谷PARCO 4F)東京都渋谷区宇田川町15-1
入場料 :一般1,000円・22歳以下300円・小学生以下無料
主催 :パルコ
企画制作 :パルコ / 亜洲中⻄屋(ASHU)
宣伝デザイン :八木幤二郎
※営業時間は感染症拡大防止の観点から変更の可能性があります。ご来場の際は渋谷パルコHPをご確認ください。