スーパーマーケットのチラシや週刊誌の表紙を忠実に再現し、見過ごされがちな日本文化の特有性を写し出す台湾出身のアーティスト・李漢強(リ・カンキョウ)。今春2年ぶりに開催された個展「NFT」(https://www.neol.jp/art-2/112490/)では、巷で話題のNFTブームに感化されたペインティング作品を発表。改めて独自の視点を提示し、来場者を瞠目させた。Supreme2022年春夏コレクションでアートワークが起用されるなど、世界的に注目を集めつつある彼に、「NFT」をはじめとした作品制作のプロセスを聞いた。
――「NFT」、とてもおもしろい個展でした。最初はNFTがテーマじゃなかったそうですが、どのようなものをやろうとしていたか、そこからどうしてこのアイデアになったのか過程を教えてください。
LEE「展示の話が来たのは去年の9、10月くらいで、最初はコロナでずっと展示もできない中で描き溜めてたチラシとかの作品を出そうを思ってたんですね。『わたしはチラシ』ってタイトルまで考えていて。友達に、『わたし“が”チラシであって、わたし“は”チラシというのは日本人の文法じゃない。でもLEEくんだったらこれがいいね』ってお墨付きももらいました(笑)。そこまで考えたんだけど、しばらく立体的な空間で展開できるような展示をしてないなと思って。あと、チラシの作品は今までにもやってるけど、 今こそやらなくてはいけないものがあるはずだと考えた。今じゃないとできないのって、流行ってるものですよね? じゃあ一番流行ってるものは何かというとNFT、またはメタバース。いつまで流行ってるかわからないけど、半年前は流行ってたから、それをまずやろうと。
でも実際のところ、私はNFTがなんなのかよくわからない(笑)。友達のアーティストに詳しい人がいて色々教えてもらったんだけど、説明はされても自分に置き換えて理解できない。イメージの湧かないことをやっても仕方ないし、NFTを借りてみて、自分が一番わかることをやるべきだと考えた。じゃあまず私がわかるのはNetflix。コロナ期間中にずっと観てたし、今も観てる。TSUTAYAもよく行ってた。NとTに関してはその2つに関するものを作ろう。それで残り1個、Fが困ってたんだけど、『フワちゃんがいる!』となって、F JAPANというFがつく日本のタレントたちの動画を作ろうと。それで『わたしのNFT』の構想が固まった」
――Netflix、F JAPAN、TSUTAYAという三本柱での「NFT」展。
LEE「NFTもNon Fungible Tokenの頭文字をとってるから、頭文字を取るという仕組みは同じなんですよ」
――なるほど。Netflixのサムネイルを写実した作品は、写実ではあるけどLEEさんらしいオリジナリティがしっかり出ています。自分を通してあるものを描くという中でどんなことを気を付けていますか。
LEE「私は色数を絞って描くようにしてますね。そういう制限があるからトーンが激しくジャンプしてる。背景も2、3トーンしかないし、肌もね。私の作品づくりの中では、まず方法を決めてから作るのが大事だから色の数も決めるんです。決めた色のパレットの中だけでやりたいし、それが個性になってるかもしれない」
――以前はもっと色数がありましたよね。
LEE「大学にいる時はもっといっぱい好きな色を使って描いてたんけど、大学を出てから色の制限を始めました。こっちのほうが効率がいいですよ。これがフルセットのアクリル絵具になると悩むし、混色なんてしだすともっと悩む。選ぶだけで時間がかかるから、選択の時間を減らすためにいいと思います。
私の絵は塗り絵に近いつくり方なんだけど、塗り絵は塗りやすいことが大事でしょう? 明確にこれは赤、これは茶色、水色とした方がスタッフも塗りやすいし、私も塗りやすいよね」
――スタッフもペインティングに関わってたんですね。
LEE「私が設計した絵を、アシスタントと一緒に塗ってます」
――下絵とは微妙に線が違ってたりするけど、それもアシスタントの裁量で?
LEE「そうです。アシスタントのオリジナリティを含めて、私のスタジオのオリジナリティになってる。塗った人のオリジナリティも活かしていい感じになればいいんです。その分、遊びがあるんですよ。みんなそれぞれちょっとずつテイストが違うから。
私は昔からNYのアーティストのトム・サックスをすごく尊敬しているんです。彼の工房作業は有名ですよね。トム・サックスの『スペース・プログラム』を見たとき、丸ごとNASAの宇宙開発のためのプロダクツを手作りで再現したのがヤバすぎて。宇宙服とかも全部手作りで、『なに、これ!?』って。彼のものづくりの中心にあるのが、仕組みを自分の手でもう1回やり直すということなんですね。彼の作品は全部動いたり使うことができたりちゃんと機能するんですけど、仕組みを理解しなければそこまでの再現は不可能じゃないですか。自分の制作の中でも、仕組みを理解するのがとても重要で、そこから再現するというのがある。私が『リーカード』(オーダーを受けた人の会員証やカードを模造した作品)を発行したり、『DVD』を焼いたりするのも、それと同じです。構造、システムを作っていくのが一番重要で、その後の制作はプロダクションとして見てるんですね。ディープなところにある構造というものを見せるための方法を考えて、あの絵具がいい、この絵具がいいとか決めて最後にプロダクションに入る」
ーー昔からそういうやり方なんですか。
LEE「多分、日本に来てからかな。グラフィック・デザインを勉強したことは大きいかもしれない。台湾の大学でもグラフィック・デザインを勉強してたんだけど、ただ作っていく、ただ絵を描いたということではなく、もうちょっと考えたいなと思ってたんですね。例えば私の造形大学の大学院の卒業制作は『日本のチラシ』。たくさんつくって終わりでも良かったけど、自分がそれをやる意味はなんなのか、他の人がやってもいいものを私がやる意味は? なぜ自分はこういうことをやらなくてはいけないの? なんで?? って制作をしながらすごく悩んだ。その中で、私がチラシは描くプロセスによって、そこに凝縮された日本の社会を発見した気がしたんですよ。チラシを描写することが一つの日本社会の勉強になった気がした。何を勉強したかというと仕組みの勉強です。私もあなたもこの社会のシステムに組み込まれている、その社会のシステムがどのように組まれてるかというのがチラシの描写を通じて分かった気がしました。これ、超真面目で全然面白くない話だね(笑)。もっと軽快な感じで編集してくださいね!?」
――(笑)。チラシを日本の社会の構造の凝縮だというのは、すごくしっくりきます。以前LEEさんが日本のチラシを見て『デザイナーの気配がない、完璧に綺麗にされてる、すごい情報が詰ってる』と言ってたけど、まさにですよね。でもその構造や自分がやる理由を見る人に伝えたいわけではない。
LEE「そう。なぜ自分がそれをやらなくてはいけないかを自分の中で明白にしたいだけ。その気持ちは作品をつくる人にはあるんですよ。チラシに目をつけたというのは、私が違う国から来たからというのもあるかもしれないけど」
――確かに、当たり前だと思ってしまうところを違う視点から見せてもらって面白がれるというのはある。「リーカード」にしても、そもそもはポイントカードというものが台湾や諸外国にはなく、日本独自の文化だからやり始めたとか。
LEE「あれも日本の仕組みを私が再構築してみるというプロジェクトです。ヨドバシカメラのプラスティックカードをみんな持ってるけど、外国の人は今は携帯アプリを使ってるじゃないですか。町のお医者さんとか、よりローカルのことになるとプラスティックのカードが強いし、地域の生活が見えてくる」
――日本のデジタル進出の遅れもプラスティックカードから見て取れますね。
LEE「 それがいいんですよ。遅れてたから私は作品にできたのだからマジで感謝です。よく私の作品の見方として、社会に対しての皮肉とかメッセージとか言われますけど、むしろ感謝なんです。チラシとかあんな素敵なものがなければ描こうと思わないし、TSUTAYAも素晴らしいし、カードにも感謝。デジタル進出が遅れてるからそれがあって、私が作品にできてる。ありがとうです」
――ちょっと「NFT」の話に戻りますが、今回取り上げたNetflixに関してはグローバルなものです。そこをLEEさんがやる意味というのは?
LEE「最初はサムネイルが変だなというので引っかかったんです。変だと思いません? DVDのカバーになってるような場面じゃなくて、『ここ!?』というサムネイルばかりじゃないですか。それで調べてみたら、なぜそのサムネイルを切り取ったかという法則があるらしくて。サムネイル内に1人がいる場合と2人がいる場合は2人がいた方がいいらしい、良い役と悪い役だと悪い役の方がクリックしたくなるとかいうビッグデータでサムネイルが決まるらしいんです。本当かわからないけど、最新の情報では人によってサムネイルが違う説もある。人によってクリックしたくなるものが違うから、ラブロマンスが好きな人にはそれっぽく、バイオレンスやホラーを好きならそれっぽいものと、その人好みのサムネイルが出てくるらしい。より人に合わせてきていると。本当かどうかは調べてほしいんですけど(笑)、それ、あり得ますよね。いずれにせよサムネイルは確実に変で、DVDのカバーとの差がある。それがTSUTAYAとNetflixの差になってるなと思ったのが重要でした。
Netflixは世界中展開しててローカライズとかないんですよ。その国のオリジナルはあるけど、プラットフォームのデザインを変えたりはない。TSUTAYAは逆に日本発祥で、ローカルで展開するもの。展示していたTSUTAYAの作品では、NetflixのサムネイルをDVDの中に入れてるんですけど、それはTSUTAYAの中にNetflixが入ってるという状態なんですね。展覧会でも先にNetflixのサムネイルを作って、それをコピーしてDVDのカバーに入れているし、導線としてもNetflixを先に見る流れになってた。元々はTSUTAYAがあってNetflixが後から出てきたわけだから、順番としては逆なんだけど、展覧会では存在も年代も全部を逆にしちゃってる。今やネットで一元化されてる時代だけど、その逆説の表現をするという試みを新しくやってみました」
――まさに構造や仕組みへの考察。
LEE「やっぱり構造については常に考えています。なぜなら私は外国人だから、いつも日本にいるか、いまいかの問題は抱えている。私が日本に来たのは15年前だけど、その頃と違って台湾はすごい先進国になってる。いろんな社会問題に対しても意識高い。グラフィック・デザインを学ぶ場も発表する場もある。
だから、自分がどうして日本にこだわるのか考えて、日本のいいところをメモしてみた。タワレコあるよね、伊勢丹もある、西友は安いね、ロマンスカーは最高だとか。いいとこいっぱいじゃん!! でも台湾もいっぱいいいところがある。考えた結果、どちらがいいというのではなく、私のスタンスとしてはどっちでもないのが一番活動しやすいと気がついた。
コロナで辛くなる理由の一つが、どこにも行けないということがあるけど、ずっと同じ場所にいて、慣れている環境で同じものを見てると感度が下がるんですよ。そうならないために行ったり来たりして、中間の地点にいるというのが大切。今の自分にとって、東京はその中間地点になっています。物理的には難しいのだけど、頭の中ではそう。自分は日本に長年住んでるけど日本の選挙には行けないし、そういう時期には部外者という気持ちになっちゃう。おまえは違うぞ、日本人じゃないよというのも時々あるから、中間地点だと意識せざるを得ない。でも、それってむしろ最高じゃん! と思ってます(笑)」
photography Marisa Suda(https://www.instagram.com/marisatakesokphotos/)
text & edit Ryoko Kuwahara(https://www.instagram.com/rk_interact/)
LEE KAN KYO
アーティスト。台湾出身。東京造形大学大学院(造形専攻)修了。幼い頃から見ていたテレビ番組で、日本のエンターテインメントに魅力を感じ、2007年来日。スーパーのチラシや週刊誌、ポイントカードといった世の中の“現象”を主な題材に制作を続ける。国内外のArt Fairや、Art Book Fairへ出展多数。アパレルブランド「Supreme」にアートワークを提供。7月12日よりユトレヒト(https://utrecht.jp)にて「NFT」の展示を開催予定。
https://www.leekankyo.com
https://www.instagram.com/lee_man_studio/