夫・島尾伸三と娘のまほ、洋館の一室で過ごした3人のにぎやかな日々と、静寂が訪れる夜の部屋でひとり向き合った孤独。
約40年間眠っていた写真の物語がいま紐とかれる。
6×6によるBook 1、35mmによるBook 2の2冊組。刊行に合わせてPGIにて写真展も開催される。
1960年に桑沢デザイン研究所に入学した潮田登久子は、石元泰博、大辻清司に師事し、1963年に卒業。写真家の牛腸茂雄(桑沢デザイン研究所1968年卒)や児玉房子らとはこの頃に親交を深め、刺激を与え合いながら、1975年頃から写真家としての活動を開始する。のちに夫となる、写真家の島尾伸三とは、出会うまでの数年間、大辻という共通の師を持つコミュニティーのなかですれ違っていた。1978年に潮田と島尾は娘をもうけ、結婚。
娘のまほが産まれて間もない1979年の初め、3人は、憲政の神様といわれた尾崎行雄の旧居を移築した東京・豪徳寺の歴史的な洋館に引っ越しす。そこは「箱のような」二階の一室。この借家では、風呂もなくトイレが共同で、当初は冷蔵庫すらなかったと言う。妻になると同時に母となった潮田の、慌ただしくも充実した日々が始まる。夫の島尾は、表現者としても家庭人としても異種な人物であり、加えて、潮田と同じ狭い生活空間の中で写真を撮っていた。そのような相手との記録だからこそノスタルジックでも、風刺でもないバランスを保ち、モノの背景に潜む人間のドラマを見せ、潮田作品の特徴的な冷静さがいっそう磨かれた作品といえるだろう。最初の代表作「冷蔵庫/ICE BOX」はこの時期にうまれ、また日本初のコマーシャル写真ギャラリー「ツアイト・フォト・サロン」(1978–)や、故・平木収氏、金子隆一氏(ともに写真史家)などの存在が、潮田の捉えた世界の一角に写しだされている。本書ではまほが生まれた1978年からの約5年間で構成され、潮田の代名詞である6×6の正方形のフォーマットのBook 1、35mmのスナップショットのBook 2をセットにした、彼女の写真の原点として記憶される貴重な写真集。
Book 1より
この建物の住人が寝静まる頃には、枕元の中古の大きな冷蔵庫のモーターがガタンという不気味な音をさせるなり唸りはじめます。それを聞いているうちに、私の漠然とした不安が頭をもたげてきます。月や星がどこかへ行ってしまった、カーテンの無い大きな窓の向こうの黒い森を眺めているうちに、私はいつの間にか眠りにつくのです。
潮田登久子
Book 2より
潮田登久子(うしおだ・とくこ)
1940年東京生まれ。1963年桑沢デザイン研究所写真学科卒業。1966年から1978年まで桑沢デザイン研究所および東京造形大学講師を務める。1975年頃からフリーランスの写真家としての活動を始める。代表作に様々な家庭の冷蔵庫を撮影した「冷蔵庫/ICE BOX」がある。2018年に土門拳賞、日本写真協会作家賞、東川賞国内作家賞受賞。
潮田登久子『マイハズバンド』
定価:5,500円(税込)
出版社:torch press
テキスト:光田ゆり、長島有里枝
デザイン:須山悠里
https://www.torchpress.net/product/3825/
関連展示
マイハズバンド 潮田登久子
2022年1月26日〜3月12日
PGI
106-0044 東京都港区東麻布2-3-4 TKBビル3F
TEL 03-5114-7935 Mail: info@pgi.ac
月-土 11:00-18:00
日・祝日 展示のない土曜日 休館
https://www.pgi.ac/exhibitions/7473