磯谷博史《空間と果実》2005 – 2020、163.6 × 106.6 × 4.9 cm、 Pigment print, painted frame
SCAI PIRAMIDEでは8月19日(木)より磯谷博史「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」を開催。
iPhoneで撮影した気まぐれな実験や旅先の発見など、宛名のない手紙のように行き交う親密でパーソナルな写真の数々、マットレスとマットレスの写真による反復的なインスタレーション、壁に描かれた動かない時計——特殊な方法を用いず、みずからの生活圏から拾い上げた素材で、鋭い状況の構成と知的パズルを生み出す磯谷博史。
過去から未来へと一方向に進む時間軸のイメージに介入し、作品を通じて複数の視点を並べることで、現在の認識を揺さぶる創造的な手段を示してきた。
T・S・エリオットによる長編詩《四つの四重奏》(1943年)の一節を参照する本展は、こうした生活者の風景から文明への静かな警告となって立ち上がる。《活性》(2021年)では、5000年前の土器の破片を泥に戻し、バスケットボールほどの大きさの球体に焼き上げている。時間が凝縮された古代の遺物を再編成する本作は、素材を均質化し、形態を純粋化する人工的な操作に特徴づけられる。創造が孕むある種の暴力性の提示と共に、古代と現代を攪拌することによって、作品が内包する時間と文脈を 相互に更新し、知の再活性を促している。
オレンジ色の発光が周囲を包むインスタレーション《花と蜂、透過する履歴》(2018年)では、蜂蜜で満たされたガラス瓶に集魚灯が落とし込まれている。琥珀色の液体は、送粉するミツバチが長い時間をかけて蓄え純度を高めた膨大な労働力の結晶であり、時に比重の大きい蜂蜜が底の方から沈殿して固形化し、異なる糖度と状態の層を形成。ホワイトキューブを赤く染める《同語反復と熱》(2021年)は、建築用のLED照明が光源となっており、月明かりと間違え飛行する昆虫がライトを打つ様子が、点の連続であるチェーンで描かれる。組織化した昆虫生態の秩序や習性を思わせるこれらの作品は、特権的な人間の存在が問い直される今日の寓話となって、新たな解釈が浮かび上がる。
飛行機の窓に貼り付けた菓子の敷紙、Tシャツの縫い目を通過したヒゲや山岳のように見える割れたガラスに至るまで、本展には様々な言語やイメージが駆け抜け、複層的な世界が同時に展開していく。銀行員として働きながら詩作を続けたエリ オットもまた、みずからが生きた現代の生活圏と記号が行き交うタイムレスな象徴世界を往来した。「さあ、もう行きなさい」——詩に現れる鳥は、笑い声を忍ばせて戯れる子供達を横目に諭す。そして深遠な謎を残して頭上を過ぎ去っていく。過去から未来へと一方向に流れる時間という感覚から逃れるために必要なのは、この鳥の視点なのかもしれない。
国内外での展覧会の開催、ポンピドゥセンター、SFMoMAへのコレクションなど着実に評価を高めている磯谷の東京では久しぶりの個展となる。
磯谷博史《表出と代謝》2019、163.6 × 106.6 × 4.9 cm、 Pigment print, painted frame
磯谷博史《影が響く》2020、163.6 × 106.6 × 4.9 cm、 Pigment print, painted frame
展示風景 :「インタラクション:響きあうこころ」富山市ガラス美術館[富山]、 2020 年
磯谷博史
「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」
新会期:2021年8月19日(木)- 9月25日(土)
時間:12:00〜18:00 日・月・水・祝日休廊
会場:SCAI PIRAMIDE 東京都港区六本木6-6-9ピラミデビル3F
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磯谷博史
1978年東京都生まれ。美術家。東京藝術大学建築科を卒業後、同大学大学院先端芸術表現科および、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ、アソシ エイトリサーチプログラムで美術を学ぶ。写真、彫刻、ドローイング、それら相互の関わりを通して、事物への認識を再考している。プロジェクトスペース statements (2016〜2018)の共同ディレクター。 近年の主な展覧会に『インタラクション:響きあうこころ』(富山市ガラス美術館、富山/2020)、『Together We Stand』(Bendana | Pinel、パリ/2020)、『シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート』(ポーラ美術館、神奈川/2019)、『六本木クロッシング2019 : つないでみる』(森美術館、東京/2019)、 『Le spectre du surréalisme』ポンピドゥー・センター40周年記念展(Atelier des Forges、アルル/2017)など。来春には、小海町高原美術館にて個展を控える。主な作品の収蔵先に、ポンピドゥー・センター(パリ)、サンフランシスコ近代美術館(サンフランシスコ)など。