フィジカルには距離を置かねばならない現状に際し、アイデアや情報のシェアでポジティヴに自宅での時間に向き合うための「Self Isolation」特集。アーティスト/クリエイターによる現状への向き合い方やオンラインで楽しめる情報などを随時アップデートしていく。
4歳でピアノの才能を見出され、パリ・エコールノルマル音楽院の映画音楽学科を卒業。巨匠ガブリエル・ヤレドに師事し、現在は映画音楽作曲家・演奏家として活躍する世武裕子。ソロアーティストとして6枚のアルバムをリリースする傍ら、Mr.Children、森山直太朗らのライヴサポートとして参加。『ストロボ・エッジ』や『リバーズ・エッジ』、NHK土曜ドラマ「心の傷を癒すということ」(阪神・淡路大震災発生時、自ら被災しながらも、他の被災者の心のケアに奔走した精神科医・安克昌(あん・かつまさ)の人生を元に描いたフィクション。柄本佑主演)など話題作の音楽を手がけ、物語に寄り添いながらも自身の感性から導かれる独創的で美しいスコアで高い評価を得ている。多言語の知識と文化的教養を持つアーティストである世武が読み解くいま、そしてその中での処し方とは。(→ in English)
今回ご縁あって私流 Self Isolationをシェアさせてもらうことになりました。状況が日々変化しています。明日の動きを予想することも少しずつ難しくなってきました。皆さんがこの記事を読まれる時にどのような状態になっているのか未知の世界ですが、4/1現在の記録として、お話させて下さい。
ーー新型コロナウィルス感染症(COVID-19)で生活、クリエイティヴそれぞれの面でどのような影響が出ていますか。
世武「私の仕事は主に、曲を作ること、それから演奏することの2つです。例えば2018年は沢山映画音楽を書きましたし、2019年は沢山ツアーやライブなどで演奏することが多かった。求められることとやりたいことの中で仕事を選択しています。2020年は映画音楽の仕事を主軸に戻そうとしていたところでしたので、今のところ幸いにも、仕事の状況はあまり変わっていません。作っていたCM音楽が保留になってしまったくらいでしょうか。
クリエイティヴなことで言えば、去年末くらいから、時代が大きく変化する予感と自分の活動方針を見直したい気持ちとが強く一致している感覚がありました。とはいえ、なにか決定打に欠ける日々を過ごす中、コロナウィルスが蔓延し、パンデミック宣言がなされました。
正直なところ、春から海外に移住しようとVISAの準備も進めていた最中でした。
今この原稿を書いているのは4/1ですので、私も自主的に社会活動を自粛してからある程度経ち、自宅もすっかり快適な状態になっています。気まぐれで楽器の向きを90°変えてみたところ、窓から見える景色が変わり、新鮮な気持ちで演奏意欲が増しました。
そんな時に、雪が降った。
雪や雲の動きに誘われるようにピアノを弾いていたら、自然と自分がこれからやりたい音楽の形が見えました。『これだ』と思いました。
この経過はとても大切だったので端折らず書きましたが、極めて個人的な意味合いでも、忘れることのできないターニングポイントです。やはり物を作る、表現するという行為は、自然や社会に突き動かされるものと思いました」
ーーこの側面で新たに気づいたこと、心がけたいことがあれば教えてください。
世武「何の分野にも専門家がいて、色々な立場から私たちの生活を支えてくれています。医療だけとっても、そこには様々な立場で人命救助に貢献している人がいるし、知識やアイデアをフル稼働させて研究を続ける人もいます。スーパーやコンビニ、薬局で毎日毎日働いてくれている人たちが多くの人の暮らしを支えてくれています。物流にしても、物は誰かが運んでくれて初めて届きます。本当は自粛したいけれど、不安を抱えながら毎日現場へ働きに出ている人たちがいます。
沢山の人が本当に様々な形で社会に貢献して成り立っている世界です。
テレンス・マリック監督の『名もなき生涯』という映画でもジョージ・エリオットの言葉が引用されていますが、名もなき人の善い行いこそが、平和な世界を作っていけるのだと感じます。
それから、認識を強めた点で言えば、情報の扱い方のシビアさです。
何か問題が起こった時、私は最悪の状況でも良いから真実が知りたいと思うタイプなのですが、この点だけとっても世の中には色んなグラデーションと温度感を持った人たちがいます。例えば情報の真偽だけとっても、必ずデマ情報は出回りますよね。結果論としてのデマなのか、元々デマだったのか。逆に嘘が真実になっていくことだってある。情報を受け取った時に、冷静に考察を試みるわけですが、頭で思っている以上に情報の扱い方は難しいと痛感します。
そして、そこから先はもっと難しい。他者が増えるほど“正しさ”はどんどん複雑になっていきますし、多くの人はとにかく答えだけが欲しかったり、悪い知らせは他人事で終わらせたいと願うもの。それでも問題提起をやめないこと、問題提起をする時には必ず解決策の発見をゴールに置いておくこと。沢山の“難しい”を諦めないことを心がけています」
ーーロックダウンに向けての精神的、物理的対応があればお聞かせください。
世武「先ほど少し触れましたが、自宅を快適にすることはとても良いことだと思います。気分って大切です。免れない現実に関しては早めに頭を切り替えて、できる限り持っているカードの中で楽しめる展開を考える。
私はもともと日当たりや風通しにこだわってる人間なので、基本的に自宅が好きです。それから、断捨離も好き。ミニマル志向なので、ものは少なく、部屋もワンルームでシンプルです。
いつも言っていることなのですが、気持ちが重くなりがちな時、自分が持っているものや身につけているものを軽くしてみるのは良いと思います。自分の内面をコントロールするのが困難な時は、目指す内面をイメージして外を作ってみる。
ささやかな幸せに感謝です。
あと、友達や仲間の存在は心強い。
普段どれだけ無意識にコミュニケーションに時間を使ってきたか、自粛生活をしていると気づきます。私は在宅で余分にできた時間を、オンラインでのコミュニケーションに活用しています。『あの人のおばあちゃん通院生活しているけど大丈夫かな?』とか『あの子、仕事大丈夫かな?』と思ったら、思うだけでなく連絡してみる。励ますつもりで連絡した自分の方が勇気付けられたり、少し気持ちが明るくなったりすることも多々。忙殺されている時にはできなかったことですね。メールや電話、大いに活用したいと思っています」
ーーご自身の活動を鑑みて、室内でどのような創作が可能だと思いますか。オンラインの活用方法や1人でもできる施策など、良いアイデアがあればシェアをお願いできますでしょうか。
世武「フリーランスという立場も相まって、これまでにはなかった種類の将来の不安に晒されながらも、『早く何か意味のあることをしなきゃ! 有意義に創作時間に充てなきゃ!』というプレッシャーは3月上旬には捨てまして、しばらくは情報取集、友達にメールしたりインタビューしてみたり。何だったらかつて無いほどに非音楽家的な毎日を過ごしました。
人の知恵に触れて学ぶことは全て財産です。自分の人生そのものを創作物と捉えるならば、ロックダウンや自粛でできた時間をそれら学びに充てる時間もまた、クリエイティヴと言えると思います。自分の心に逆らってまで文化的なアクションを起こす必要はないです。
でも心に余裕ができたなら、もやもやした空気を変えてみたいなら、ぜひ読書や映画鑑賞を。
ありきたりな提案ですが、それってやっぱり素敵なことだからなんですよね。
私は最近、学校の教科書のせいで倦厭していた芥川龍之介や夏目漱石といった作家の小説を再読していますが、優れた作品というのは、受け手の変化で様々な表情を見せてくれます。鏡のようであり、先生のような存在。
あとは、『今、行きたい!世界の絶景大辞典』(残念ながら今は行けませんが(笑))これ、すごいです。世界はすごいです。地球ってすごいです。ほとんど写真なので、文字疲れしている時でも平気。浴槽に浸かりながら、夢のような時間が過ごせます!
あと、NetflixやAmazon Primeは言わずもがなですが、私の古巣の会社が展開しているオンライン映画祭なんかも面白いです。Stay Home Editionとして、しばらくYouTube上で短編映画を無料公開しています。日本語、英語字幕対応もしていますから、フランス語がわからなくてもOK。短編映画に触れる機会って案外少ないので、新しい経験ができるのではないかなと思います。
https://www.youtube.com/user/MyFrenchFilmFestival 」
ーー新たにチャレンジしてみたいことはありますか。
世武「先月から栄養管理に凝りだしていたのもあって、生活様式が変化して身体がどう変わるか、とても興味があります。実際、変化をすでに感じている部分もあるし、発見が楽しい。対象物が自分なので、メンタルにも良い影響があります。これからは、フィジカルなものに今までより意識的になってみたいと思っています。
世界全体がとても厳しい状況に置かれ、回復にもかなりの時間と苦労を要することになりそうです。沢山の犠牲者も出てしまっています。でも、痛みを伴って変化せざるを得なくなったこれからの人間の生き方には、期待もしています。自分自身の変化にも。悲しみや過ちから学び成長しないと、歴史の教科書で読み飛ばされてしまうような悲劇で終わってしまいます。これまで以上に社会の問題に向き合い、経済の仕組みや国際社会のことももっと勉強しなければと思いましたし、そういう新しいチャレンジによって自分が他者への理解を深めていけることが楽しみです」
ーー事態が好転し、COVID-19が収束したらしたら何をしたいですか。
世武「友達とご飯を食べに行きたい。毎日映画館に行きたい。カフェで本を読みたい。お気に入りのコミュニティーバスに乗りたい。
平凡なことばかりですね(笑)。
自分の周りにいる人たちが困窮せず、慎ましくも楽しく過ごしている姿を見たいし、その中に自分もいたいです。パンデミックから明けた世界では、今までよりも助け合えて、優しく柔らかい心を持つ必要があると思います。そういう社会の変化の中で、社会のひとかけらとして泳ぐようにピアノが弾きたいです。得体の知れないものの速さに何となく巻き込まれることなく、自ら生を営んでいる感触を大切に」
ーー政府の施策は満足できるものだと思いますか。もしNOであればどのようなことを提案したいですか。
世武「日本の中だけでも、本当に数えきれないほど色々な生き方をしている人がいます。大きな船を束ねる難しさは理解しますし、私もできることならば不平不満ばかり言いたくない。でも、そういう気持ちを以ってしても、やはりもっとクリーンな、人間の見える政治を求めてしまいます。まず何よりその土台がないと、大切な時に狼少年のようなことになりかねない。要するに、共倒れです。
今も自粛要請に対する対応は人それぞれです。私は一人暮らしですし、もちろん今の仕事を維持し継続したい。一方、仮に今の生活維持が難しくなったらまたどこかでバイトするかな、などと妙に呑気な気持ちも持っています。東京にこだわる理由もあまりないし。
でも、家族や職員・社員の生活を担っている人は大勢いて、身体的に、精神的に不安を抱えている人もまた、多くいます。私も一人暮らしとはいえ、家賃が払えなくなったり明日の食事に不安を覚える生活は望みません。そして、日々なんとか暮らせるギリギリではなく、やっぱり人間らしく楽しみながら生きていきたいわけです。
映画がこれからも作られる世界を望むし、そこに自分が携わっていたい。私にとって映画も音楽も小学生になる前からの心の相棒です。長い付き合いです。おそらく多くの人に、何かしら心の相棒なるものがあるのではないでしょうか。
今、勇気を持ってこのパンデミックに立ち向かう為に自粛の意味を理解し、協力している人々の決断を軽く見ないでほしい。きちんと保証してもらいたいです。会社員だけが人権ではありません。もう世界は、自分が想像するより遥かに多様化してるんです。
私たち一人一人の暮らしの目線からみると、まず大切なのは日々を健康に暮らしていくこと。オリンピックにばかり必死になっている(ように少なくとも見える)姿は、政府が私たちに協力要請しているコロナの深刻さを、どうしても曖昧にさせている気がしてなりません。
どんな国の決定を下すにせよ、国民に敬意を感じられる姿勢をまずは望みます。それがあって、政策があるのだと思います」
世武裕子
映画音楽作曲家・演奏家
instagram @sebuhiroko