『キリクと魔女』『アズールとアズマール』などで知られるフランスのアニメーション映画の第一人者、ミッシェル・オスロ監督。6年の準備期間を経て完成した新作『ディリリとパリの時間旅行』はベル・エポックと呼ばれた19世紀末から20世紀初頭のパリを舞台に、ニューカレドニアからやってきた少女ディリリが、パリで出会った友人オレルとともに、少女誘拐を企む男性支配団を追うというものだ。これまで多様な文化や人種を題材にしてきたミシェル監督が、明確にフェミニズムを謳った本作を制作した背景とはーー。フランス映画祭2019で来日を果たしたミシェル・オスロ監督に直接話をうかがった。
――ちょうど先週パリにいたので、自分の見てきた風景と重なる部分が多くとても楽しく拝見させていただくとともに、当時のパリに入り込んだような気分になりました。そもそもベル・エポックの時代のパリを描こうと思ったのはなぜですか?
ミッシェル・オスロ「パリという設定は脇役に過ぎません。最初にこの映画を通して描きたかったのは女性や少女たちが男性からの差別によって虐げられている、または不当な扱いを受けているということでした。そのようなテーマを描く際に暗い背景にするのではなくて、美しい風景があり綺麗な服を着ている女性がいるパリを舞台にしようという表面的な理由でパリを選んだのです。その時は深く知らなかったのですが、リサーチをするうちにベル・エポックという時代には素晴らしい才能を持った人たちが集結していて人類のために役に立つものをたくさん発明しているということに気がつきました。まさにそれこそが差別によって虐げられている女性たちが男性たちに対抗する手段なのではないかと思ったのです。ベル・エポックは大体20年くらいに渡るのですが、その間に文明が発達し様々なものが発明され、雑誌や新聞などが生まれ、自由が尊ばれ、女性が社会進出し始めました。文化的、芸術的、科学的、テクノロジーの面全てにおいて大きな一歩を踏み出した時代であったのです。それがすごく気に入りました。当時の女性のための権利を守るような法律は全くなかったので、そのようなものが彼女たちの活動を促進したのではなく、女性たち自身が自力で戦ってその一歩を勝ち得たのです。これは初めてのことであり、パイオニア的な女性が生まれたのがこの時代です。そのような女性の中には生徒や教授、医師、弁護士、タクシーの運転手、出版社での仕事をした女性がいました。そのおかげで20世紀の女性進出の扉が開いたと言えます。でも、21世紀になった途端その流れが後退しているように思います。それは世界における原理主義の影響でしょう」
――まさにそうですね。そのこともあって最後に流れる監督のメッセージがとても心に響きました。改めて、この作品を作ってくださって本当にありがとうございます。監督は本作のために6年間ほどフェミニズムや女性差別を研究されていたそうですね。ナイジェリアのボコ・ハラムによる女生徒の拉致事件や、フランスでのDVについても調べられていたということをお聞きしたのですが、その年月で他にどのようなことを調べられていて、どのようにして肉付けしてこの作品を作られていったのか、そのプロセスを教えてください。
ミッシェル・オスロ「世界の各地で起こっている悲惨な出来事については一石二鳥で研究したのではなくて、ずっと昔から興味を持っていました。それに関する専門的なノンフィクションの本を読んでいたこともあります。例えば『ハーフ・ザ・スカイ』では、アフリカとインドと日本、中国での女性市場に対する虐待の現状について述べられています。それを読むと何かしなくてはいけないという思いに駆られます。6年間、そのことが常に頭の中にあって、この調査について忘れたことはなく、ずっと行い続けていました。それしかしなかったくらいです」
――『夜のとばりの物語』などでもその監督の思いは感じられていたので、きっともっと前から続いていたのだろうという風には感じていました。
ミッシェル・オスロ「でも、あそこでは軽いタッチで描いていましたよね。『ハーフ・ザ・スカイ』などを読んでいるうちに軽く扱ってはいけない、もっときちんと扱わなければいけないなと思ったんです」
――アニメーションについてお尋ねします。監督の作品は影絵的な絵が有名ですが、毎作変化があって新しい技術を取り入れられています。今回は監督自身が撮った写真を使用していました。以前にリアリズムには興味がないとおっしゃっていたと思うのですが、今回そのような手法を取り入れられたのはなぜでしょうか。
ミッシェル・オスロ「まず、本作では人物に関していえばリアリズムには欠けていますよね。ただパリの風景や建物に関してはやはり現実というものを提示したかったんです。あるいは、いまも現存するパリの姿を写真を通して提示したかったのです。パリに残っている建物などは精巧な素晴らしい作品です。それをアニメーションなどで復元するのではなくてそのまま見せるので十分だと思いました。私がリアリズムを好きじゃないとお答えしたのは、3DなどのCG処理によるリアリズムというものにはあまり興味がなく退屈だと感じるということなのです。私はアニメーションが持っている軽やかさを表現したいし、アニメーションというものはフィクションなので作られた素晴らしさをそのまま生かした作品の方がずっと美しいと思っています」
――パリの世界を現実的と思われたというのは、作品のテーマにちなんでですか。
ミッシェル・オスロ「私が真実をリアリティを持たせながら伝えているのは、例えば寝室のベッドをディリリがヒョウと一緒に通り過ぎるシーンです。あそこで注目して欲しいのは、什器がいろんな寄木細工になっていてしかも、そこに螺鈿や彫刻の入ったガラスまでもが入っているところです。そのようなものを人間が作り出した。こういった人間の創造力や技巧の素晴らしさをアニメーションで表現したかったのです」
――この作品のリアリティーを感じさせる別の要素として、ルブフというキャラクターが挙げられると思います。彼はとても現実的な人物で、実際に監督自身が目にしていた人物でもあるそうですね。
ミッシェル・オスロ「ああいう人たちはたくさんいるんです。パリのどこにでもあるようなカフェで、男同士で人種差別的なことや女性差別的なことを言ったり、悪口を言って憂さを晴らしている。しかし、彼ら一人一人の心の内を見てみるとそんなにひどい人たちじゃないんだということを目にしてきました。彼らは悲惨な現状を知らないうちは悪口のようなことを言うのだけれど、誰かが犠牲になっている悲惨な現実を目の当たりにするとそれは違うと言えるだけの善意は持っている。愚かな人は世界中にいますし、全ての人が一瞬愚かに見えても、中身を見てみると意外とまともな人だったりする。だから、希望があるのです」
――確かにそうかもしれません。そして監督の作品には常にそのような気づきや希望をもたらしてくれることにも改めて感銘を受けました。弊誌は若い読者が多いのでお聞きしたいのですが、監督は20代や30代の下積み時代をどのように生き抜いてこられたのでしょうか。
ミッシェル・オスロ「幸せな時を過ごしていましたよ。自分でも粘り強かったと思います。映画祭で短編映画で賞を獲ると少し満たされて、1年間で1週間だけは自分がアニメーションの監督として世界に存在している感覚がしていました。そのような映画祭に行くと同じような境遇のアニメ監督が商業的には無理だろうというような作品を出品していて、そのような人たちとの間で仲間意識が芽生えました。世界中に同じような境遇をシェアできる友達がたくさんできてすごく良い思い出があります。
ただ、テレビ局は物語が描けたり、演出ができるという僕の才能を認めませんでした。企画を全て却下されました。残念ですし、勿体無いことをしましたよね。テレビ局は私にもっと興味を持つべきだったと思います」
――現在は20年前に作られた『キリクと魔女』を観て育った世代とお仕事をされているそうですね。ゴブリンのアニメーションスクールのゴッドファーザーになられたということなのですが、そこではどのようなことを教えたいと思っていますか?
ミッシェル・オスロ「すごく勉強熱心で才能溢れ情熱を持った若者が来ています。ゴブリンのアニメーション学校は5年目で卒業制作としてアニメーションを作らなければならないのですが、私自身その助っ人も多少しますし、審査員もしています。2019年の卒業を控えた子達のゴッドファーザーのようなものです。ディプロマを与えられるか否かはまだ未確定なのですが、受けようとする全員にディプロマを与えられるような作品が出てくることを願っています」
text Ryoko Kuwahara
『ディリリとパリの時間旅行』
8月24日(土)YEBISU GARDEN CINEMほか全国順次ロードショー
https://child-film.com/dilili/
監督:ミッシェル・オスロ(『キリクと魔女』『アズールとアスマール』) 音楽:ガブリエル・ヤレド( 『イングリッシュ・ペイシェント』) 声の出演:プリュネル・シャルル=アンブロン エンゾ・ラツィト ナタリー・デセイ
2018年/フランス・ベルギー・ドイツ/フランス語/94分/ヴィスタサイズ/カラー/5.1ch/日本語字幕:手束紀子
配給:チャイルド・フィルム/後援:フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
© 2018 NORD-OUEST FILMS – STUDIO O – ARTE FRANCE CINEMA – MARS FILMS – WILD BUNCH – MAC GUFF LIGNE – ARTEMIS PRODUCTIONS – SENATOR FILM PRODUKTION
ベル・エポックの時代のパリ。ニューカレドニアからやってきたディリリが、パリで出会った最初の友人オレルとともに、町を騒がす少女たちの誘拐事件の謎を解いていく。エッフェル塔、オペラ座、ヴァンドーム広場など、パリの町を駆け巡り、事件解決にキュリー夫人やパスツール、ピカソ、マティス、モネ、ロートレック、プルースト、サラ・ベルナールら、この時代を彩った天才たちが協力する。 ふたりは少女たちを助けられるのか?