Bラッセルの『幸福論』は、発表され90年近く経った2017年に公開された映画『パターソン』の中にも息づいている。
今回も、その二つの作品から幸せについてを読み解いていこう。
『幸福論』第一部4章「退屈と興奮」
”最良の小説は、すべて退屈ないくつかの節(くだり)を含んでいる。最初のページから最後のページまで生彩があるような小説は、偉大な本ではないことは、ほぼ間違いない。”
ラッセルは、例えば聖書をはじめ孔子の古典、コーランをまるきりの新作として出版社に持っていったら恐らく「まるで起伏がない」、と突き返されると言っている。つまり、刺激や興奮のみを求めそれを失うことを恐れるあまり普遍性や偉大さの本質が目に入らなくなるという例だ。
さらに、偉人の生涯も2、3の偉大な瞬間を除けば、興奮にみちたものではなかったとも言う。ソクラテスもカントもダーウィンも、いくつかの歴史的なときを除けば毎日をおしゃべりや散歩に費やしていた、と。
”’退屈’は,本質的には,事件を望む気持ちのくじかれた状態をいい,事件は必ずしも愉快なものでなくてもよく,’倦怠の犠牲者’にとっては,今日と昨日を区別してくれるような事件であればよい。退屈の反対は,ひと言で言えば,快楽ではなく興奮である。”
これは言い換えれば、退屈を恐れるべきではなくむしろ楽しむことが幸福な生活へ導くということである。そして、楽しむためには毎日の暮らしの中の些細な違いに気付くことが必要だ。「刺激や興奮を求めすぎている現代人」、と約90年も前に指摘されている点も恐ろしい事実である。
パターソンは毎朝6時頃に起床する。朝ご飯を食べたあと出勤し決まったルートにバスを走らせる。帰宅して夫婦で夕食を済ませると、愛犬マーヴィンの散歩ついでに行きつけのバーでビールを一杯飲む。このような彼の毎日の中の、ラッセルが言う「今日と昨日を区別してくれるような事件」とは、例えば起きたときに妻のローラも目を覚まし会話を交わすこともあれば、眠ったままの日もあるといったようなことだ。また、バスの中の乗客のたわいもない会話の内容。ローラが作るランチボックスの中身。バーで会う客の面々やマスターとのやり取り。毎日同じようで、まるきり違う。彼の平凡で幸福な生活は、上記の偉人たちのそれと何も変わらないのである。
『パターソン』
自分らしい生き方をつかむ手がかりは日々の生活にある
“パターソン”に住む“パターソン”という名の男の7日間の物語。
【物語】 ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン。彼の1日は朝、隣に眠る妻ローラにキスをして始まる。いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に芽生える詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。そんな一見変わりのない毎日。パターソンの日々を、ユニークな人々との交流と、思いがけない出会いと共に描く、ユーモアと優しさに溢れた7日間の物語。
【監督・脚本】ジム・ジャームッシュ
【出演】アダム・ドライバー/ゴルシフテ・ファラハニ/永瀬正敏/バリー・シャバカ・ヘンリー 他
【 2016/アメリカ/英語(日本語字幕)/デジタル/1時間58分 】
Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
提供:バップ、ロングライド 配給:ロングライド
©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
上映情報
目黒シネマ OFFICIAL SITE
3/17~3/23 一週間アンコール上映
リリース情報
パターソン [DVD] Amazon.co.jp
[Bru-lay]Amazon.co.jp
引用:Bラッセル『幸福論』 堀 秀彦訳(KADOKAWA; 新版 2017/10/25)
Amazon.co.jp
text by Shiki Sugawara