Bラッセルの『幸福論』は、発表され90年近く経った2017年に公開された映画『パターソン』の中にも息づいている。
今回も、その二つの作品から幸せについてを読み解いていこう。
『幸福論』二部第16章 努力と諦め
「’賢い人間’は--防げる不幸を座視することはしないが--’避けられない不幸’に時間と感情を浪費することもしないだろう。また,それ自体’避けられる不幸’でさえ,もしそれを避けるために必要な時間と労力が,何らかのより重要な目的の追求の妨げになるようであれば,進んでその’不幸を甘受’するだろう。」
ラッセルは、生きる上で避けることの出来ない不幸があるとして多くの人はそれに直面した時に苛立ったりどうにかしようともがいたりと有用なエネルギーを無駄にすると言う。しかしそういった感情のほころびというのは大きな川に波を立てるようなことで、私たちが出来ることというのは「人事を尽くして天命を待つ」ということだとしている。
この姿勢は一見するとただの楽観主義に映るが、これは’不屈の希望’の元にある諦めである。避けられる不幸かそうでないかを見極め、自分に力がないのを理解することが出来ればにむやみにジタバタすることは無駄であることは明確だと理解出来るものなのである。避けられない不幸だと判断できれば、あるいは少なくとも現時点では抵抗できないと思ったら、抵抗するエネルギーは他の有益なことに行使するのがよいだろうというラッセルらしい非常に論理的な解決方法である。
そして、”’諦め’の根底に’不屈の希望’のある人は,まったく異なった行動をする。希望が不屈であるためには,それは広範なものであり,非個人的なものでなくてはならない。”とも言う。
非個人的な希望とは、私利私欲のない他人と分かち合える喜びである。つまり自分の目的が人と共有できるものであれば、たとえ自分が失敗したとしてもそれは純粋な個人の失敗とは違って完全な敗北にはならないだろう。
詩作を愛するパターソンは、いつも秘密のノートを持ち運んでいる。そこには彼の日常の全てが綴られている。しかし、妻と映画に行くためにたまたまノートを家に置いて外出していたある晩、帰宅すると床に落ちたバラバラの紙片が散らばっているのを見つける。夫婦の愛犬マーヴィンが噛みちぎってしまったのだ。怒った妻のローラは、マーヴィンを地下に幽閉しどうにか復元出来ないものかと紙片を拾い集める。しかしパターソンは地下に行って出してあげて、呆然とソファーに座るだけ。それは犬を幽閉したり、紙切れを拾い集めたところで秘密のノートは戻ってこないからである。
気晴らしにお気に入りの滝に出かけると、そこで少し変わった日本人の男に出会う。彼はパターソン同様詩を愛し、「私は詩を呼吸しています」というほどだ。男は去り際に、「空白から始まる可能性もある」と言ってまっさらのノートをパターソンに手渡す。これからはそれが、彼の新たな秘密のノートになっていくのだろう。これは彼の不屈の希望のもとに獲得した新たな可能性なのだ。
『パターソン』
自分らしい生き方をつかむ手がかりは日々の生活にある
“パターソン”に住む“パターソン”という名の男の7日間の物語。
【物語】 ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン。彼の1日は朝、隣に眠る妻ローラにキスをして始まる。いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に芽生える詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。そんな一見変わりのない毎日。パターソンの日々を、ユニークな人々との交流と、思いがけない出会いと共に描く、ユーモアと優しさに溢れた7日間の物語。
【監督・脚本】ジム・ジャームッシュ
【出演】アダム・ドライバー/ゴルシフテ・ファラハニ/永瀬正敏/バリー・シャバカ・ヘンリー 他
【 2016/アメリカ/英語(日本語字幕)/デジタル/1時間58分 】
Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
提供:バップ、ロングライド 配給:ロングライド
©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
上映情報
目黒シネマ OFFICIAL SITE
3/17~3/23 一週間アンコール上映
リリース情報
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引用:Bラッセル『幸福論』 堀 秀彦訳(KADOKAWA; 新版 2017/10/25)
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text by Shiki Sugawara