Bラッセルの『幸福論』は、発表され90年近く経った2017年に公開された映画『パターソン』の中にも息づいている。
今回も、その二つの作品から幸せについてを読み解いていこう。
『幸福論』第一部第8章「被害妄想」
”あなたがものを書くのは、ある思想や感情を表現したいというやむにやまれぬ衝動を感じるためなのか、それとも、拍手かっさいを浴びたいという欲望に駆られたためなのか。”
ラッセルが述べたいポイントとはこうだ。もしあなたが何か表現活動をしているとして、前者の動機のもとであればそれは自分がやり続ける限り幸福は持続する。しかし、後者であれば他人に受け入れられない限り幸福は実現しない。たとえ一度拍手かっさいを浴びたとしてもそれが毎度とは限らないし、その場合自分の表現を受け入れない他人はおかしい、という「被害妄想」を誘発させ不幸をおびき寄せるというのである。
「望んでいるもののいくつかを、本質的に獲得可能なものとして上手に捨てて」しまおう、という実に論理学者のラッセルらしいロジカルな提案だ。
「あなたの長所はあなたが願っていたほど大したものではないことを認めるのは、しばらくは、一段と苦痛であるかもしれない。しかし、それは終わりのある苦痛であり、それを越えれば、ふたたび幸福な生活が可能になる。」
パターソンは生活の中で詩作活動に打ち込む。始業前のバスの中、休憩中ランチを食べながら、帰宅してから夕食までの時間。持ち歩く彼が呼ぶところの「秘密のノート」の中身はローラと映画を観る私たちだけに共有された、文字通り「秘密」となっている。愛する妻に、あなたの詩は素晴らしいから世の中に発表するべき、せめてコピーだけでもと説得されでもパターソンは乗り気ではない。
彼にとっての詩とは、他の誰かに向けられたものではなく彼自身や他の誰でもないローラに向けられたものだからだ。
作中同じように「秘密のノート」を持った少女に出会う。鍵のかかったそのノートに紡がれる詩は生き生きとしていて美しい。
また夜、愛犬を散歩させているとランドリーからラップが聞こえる。一人の男が洗濯機を廻しながらくちずさむ美しいリリックに思わず足止める。
鍵のついたノートや真夜中のランドリーのなかで表現を楽しむ彼らのみずみずしさは、ラッセルの言う「幸福な生活」のなかにこそ息づく。
『パターソン』
自分らしい生き方をつかむ手がかりは日々の生活にある
“パターソン”に住む“パターソン”という名の男の7日間の物語。
【物語】 ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン。彼の1日は朝、隣に眠る妻ローラにキスをして始まる。いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に芽生える詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。そんな一見変わりのない毎日。パターソンの日々を、ユニークな人々との交流と、思いがけない出会いと共に描く、ユーモアと優しさに溢れた7日間の物語。
【監督・脚本】ジム・ジャームッシュ
【出演】アダム・ドライバー/ゴルシフテ・ファラハニ/永瀬正敏/バリー・シャバカ・ヘンリー 他
【 2016/アメリカ/英語(日本語字幕)/デジタル/1時間58分 】
Photo by MARY CYBULSKI ©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
提供:バップ、ロングライド 配給:ロングライド
©2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
上映情報
目黒シネマ OFFICIAL SITE
3/17~3/23 一週間アンコール上映
リリース情報
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引用:Bラッセル『幸福論』 堀 秀彦訳(KADOKAWA; 新版 2017/10/25)
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text by Shiki Sugawara