東京・上野の「国立西洋美術館」が世界文化遺産登録されたことも記憶に新しい近代建築の巨匠ル・コルビュジエが、生涯で最も羨み、固執した忘れ難き女性―アイリーン・グレイ。サン ローランのオークションの逸話など、いまだアートのみならずファッションなど様々なシーンに影響を与え続ける彼女の半生を美しき映像で綴った『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』が今週末公開される。いまの時代にアイリーンを描く意義について、創作のエピソードなどを、メアリー・マクガキアン監督に尋ねた。
——本作の企画はどのようにして生まれたのでしょうか。アイリーン・グレイという女性のどこに一番魅力を感じているのか。そして今、アイリーン・グレイを描くことの意義についてどう考えていますか。
メアリー「2009年のサン ローランの競売がきっかけで、企画が生まれました。私はアイルランド人ですが、1920年代の祖国では、イングランド系のある種のとても自立した女性たちがいました。そのなかの一人がアイリーン・グレイです。また、私自身がモダニズム、ミニマリズムに興味があったため、彼女の映画に着手しました。テーマは、才能のある女性が世に出ようとすると、必ず男尊女卑に阻まれるということ。それは今も昔も変わっていません。それから日本のみなさんにぜひ伝えたいことがあります。アイリーンが漆を使って家具を作ったことは有名ですが、彼女の他のプロダクトも、ミニマリズムや多機能を兼ね備えた日本の精神を受け継いでいます(E.1027のメインルームの多機能ぶりは、まるで畳の部屋のようです)。ペリアンはアイリーンに憧れて、日本に来日しました。ですから、日本でこの映画が公開されることがとても嬉しいです」
——アイリーン・グレイの生い立ちから家具デザイナーとして成功するまでを描かなかった理由は? E.1027が主要モチーフとはいえ、それ以前をも描くことで人物の全体像を示す道もあったと思いますが。
メアリー「元々のアイデアとしてはそこも入れるはずでしたが、フィクションなのでドキュメンタリーとは少し違うんです。映画で描かれていない色々な物を拾い上げるためにドキュメンタリーも別で作ったのですが、第一次世界大戦、第二次世界大戦などの出来事を描くと、それだけでも3本の映画が出来るほどの情報量があるのです。私にとって映画というのは、見えているテーマと、その底に流れるテーマというのがあり、普遍的な部分を持たなければとならないと思っています。それ以前の部分については普遍的なテーマが感じられなかったのです。男尊女卑や様々な環境を通して普遍性が見えるのがこの部分だと思って作ったのでこうしています。けれどもその前後の重要なものも失わないようにドキュメンタリーも作ったというわけです」
——アイリーン・グレイは、ジャン・バドヴィッチとル・コルビュジエの裏切りや不誠実に対して嫉妬や怒りといった感情をむき出しにせず、どこか寛大です。この一種の「余裕」はどこから来るのでしょう。貴族的な生い立ちからか、あるいは経済力によるものなのでしょうか。
メアリー「色々なことの組み合わせだったと思います。おっしゃるように貴族的な育ちであり、エドワード朝的な時代に育ってきたので、あまり感情を表に出す事は良くないという風潮の中で育ってきたという原因はあったかと思います。またこれは日本の影響だと思いますが、仏教にも興味を示し、タオイズムにも興味を示して、その時代にしては非常に珍しい非常にスピリチュアルな人間になっていったこともあるかと思います。
ある日、マリサ・ダミア役を演じたアラニス・モリセットと、その時代について話していたのですが、私が『(アイリーンは)1960年代っぽいところがあるわよね』と言ったら、彼女は『違うわよ、【1960年代】は【1920年代】になりたがっていたのよ』と言ったのです。セクシュアリティなど、1920年代はいろんな意味で自由な時代でした。彼女自身がバイセクシャルであったり、友達に対しては非常に忠実であったり、恋愛感情について執着しなかったりというところがあったので、バドヴィッチと会った時にも一夫一婦制のことなどは考えてもなかったようです。二人が出会った時にアイリーン・グレイは40代で、バドヴィッチは23歳でした。やがて彼女が52歳になり、彼が30代になって次第に別れにむかったのだと思います。
映画にも描かれていましたが、ヴェズレーにワイナリーを持つほど、バドヴィッチは非常にお酒を嗜む方でした。結果、肝不全で亡くなるほどに、お酒で心身を酷使していたようです。またバドヴィッチが集めた人々、フェルナンド・レジーやル・コルビュジエ、ザボラスという人たちは、みんなヴェズレーにいて、1920年という自由な時代を謳歌していました。コルビュジエの奥さんはイヴォンヌのいう方ですが、非常に伝統的な方だったので、まさか自分の夫が浮気をしているとは、思っていなかったのです。ですが、ザボラスの奥さんは知的な人間だったので当然夫が浮気をしているだろうと思っていたようです。
いずれにしても、アイリーン・グレイという人は、バドヴィッチたちにだんだん飽きていったのです。だから〈E.1027〉から出て行ったのではないかと思います」