photography Vittorio Zunino Celotto
第一次世界大戦後のイギリスを舞台に天涯孤独なメイドの半生を描く、『キャロル』の製作陣が贈る新作映画『帰らない日曜日』が5月27日より全国で公開される。原作はブッカー賞作家のグレアム・スウィフトによる「マザリング・サンデー」。タイトルは英国で母の日を祝う日曜日を意味し、メイドたちも年に一度の帰省を許される日なのだが、主人公のジェーンは孤児院育ちで帰る家がない。そんな彼女を秘密の恋人で英国名家の跡継ポールが密会に誘い出し、2人は彼の住む屋敷で人知れず愛し合う。たった一日のある出来事が、すべてを永遠に変えることになるとは知らずにー。主演はオーストラリア出身の新星オデッサ・ヤングと『ザ・クラウン』でチャールズ皇太子役を演じたジョシュ・オコナー。イギリスを代表する名優コリン・ファースとオリヴィア・コールマンが脇を固めた。ここでは日本公開を前に、フランス出身のエヴァ・ユッソン監督にリモート取材を行い、作品の制作秘話や、自身の人生を変えた一日について聞いた。
――グレアム・スウィフトの小説「マザリング・サンデー」を原作に、アリス・バーチが脚本を手がけた本作ですが、監督はこの物語のどのような部分に惹かれて映像化を決めたのですか?
エヴァ・ユッソン監督「まず脚本の前に小説を読んで、とても強い印象を受けました。ソファで読んでいたのですが、本を閉じたときに涙が流れるほど感情が揺さぶられたんです。でも、その時点では、自分の中に湧き上がった感情がどのようなものか、よくわかっていませんでした。そして最終的に、この物語が発する波動が読者や観客に独特なものを与えるのだと気づきました。アリスの脚本を読んだときにも同じ波動を感じたので、映像化しても同様の効果をもたらすのではないかと考えました」
――時代を行き来したり、登場人物が感情を内に秘めていたりと、映像化するのが決して容易ではない題材ですよね。本作の制作において、最も難しかったことは?
エヴァ・ユッソン監督「本作にとって、感情はなくてはならないものです。でもだからといって、あまりにも悲しい作品にするべきではない。そこが最大のチャレンジでした。悲しみによる涙で観客を呑み込んでしまうと、しっかりとストーリーが伝えられないからです。うまくバランスを保つのが難しかったのですが、オデッサ・ヤング(ジェーン役)もジョシュ・オコナー(ポール役)も、そういう部分をしっかりと理解していたので、きちんと描けたように思います」
――2人とも素晴らしかったです。ジェーン役の役者が決定するまでは、ポール役は決められないと考えていたそうですが、ジェーン役にオデッサ・ヤングを選んだ理由は?
エヴァ・ユッソン監督「オデッサ・ヤングは作家のような資質を持っているんです。個人的にも作家の知り合いがいるのですが、作家になるような人は奇妙に身体の中心が定まっていて、どっしりと落ち着いた感覚を持っているんですよね。オデッサは20代前半と若いのですが、すでに作家に感じるような資質の持ち主なんです。その若さで一種の賢さや静かな強さがあり、自分をコントロールできていたので、ジェーン役には彼女しかいないということは明確でした。若い俳優は、きれいだとかセクシーだとか、それしかなかったりする場合もあるのですが、オデッサには稀有な資質があったんです」
――劇中ではジェーンが全裸で屋敷を歩き回る、物語の中でも重要なシーンがあります。ヌードのシーンでも、いやらしさではなく、彼女の強さや自由を感じられたのが印象的でした。
エヴァ・ユッソン監督「本作ではヌードのシーンを撮影するにあたって、キャスティングが鍵となりました。オデッサが自分の肉体とくつろいだ関係でいられる俳優であるということが、とても重要だったのです。彼女はとても賢いので、たとえば全裸で家の中を歩き回る長いシーンでも、そこに秘められた政治的な意味合いをちゃんと理解していました。あの空間の中では、社会階級から解放された人間としての肉体が存在している。象徴的な意味のあるシーンだと理解していたのです。また、もう一つあのシーンに込められたシンボルとして、壁一面に本が並ぶ部屋で、裸でたたずむジェーンの姿があります。それは2000年来の書物の歴史が象徴されているような壁なのですが、そこに並ぶ作品の著者のほとんどが男性で、その前に女性作家となるべき彼女が裸でたたずんでいるわけです。セクシーに見せるためではなく、意味が込められたシーンだということが表現できていると思います」
――親密なラブシーンなどの撮影に関しては、現在日本でもさまざまな議論が交わされているのですが、監督は役者たちとどのように信頼関係を築きましたか? 現場で特に配慮したことなどがあれば教えてください。
エヴァ・ユッソン監督「あれだけのヌードシーンなので、オデッサ側からは事前にかなり長いNGリストを渡されました。でも私は彼女に、とにかく信用してほしいということと、これは裸を見せるためのシーンではなくて、象徴的なシーンなのだと伝えましたし、それはちゃんと守られていると思います。例えば、裸の女性が歩けば胸が揺れて、思わずそこに目が行ってしまいますが、本作ではそういった不必要な部分はカットしています。もう一つ興味深いのが、アンダーヘア用のカツラがあるんです。オデッサもそれを使用することで間接的なヌードになって、あからさまな恥ずかしさが軽減されたように思います」
――コリン・ファースとオリヴィア・コールマンが、メイドのジェーンが仕えるニヴン家の夫妻を演じていますが、イギリスを代表する名優たちとの仕事で印象に残っていることは?
エヴァ・ユッソン監督「コリン・ファースさんは素晴らしい俳優で、お会いできたことも、一緒に仕事ができたことも、とても良い機会となりました。決してお世辞を言っているわけではなく、本当にとてつもなく知的で才能のある寛大な方なんです。あれだけのキャリアを誇る方が、歳下の私にあんなにも寛大に接してくださって、信頼を寄せてくださったということは、素晴らしい経験となりました。特に今回はコロナ禍での撮影という難しい状況だったにもかかわらず、とても良いコラボレーションができたと思っています。
オリヴィア・コールマンさんは全く違ったタイプで、とても慎み深いというか、物静かな方でした。非常に感受性が鋭い方なので、自分を守るためにあのような性格なのだと思います。だから、言葉を交わす機会も少なかったのですが、常に演じる準備万端でいらっしゃるので、むしろリハーサルはしないで本番に臨んだ方がいいタイプの俳優でした。例えば、(コールマンが演じるニヴン家の夫人が)ジェーンに『あなたは恵まれている』と伝えるシーンでは、泣き腫らしたような目を撮りたかったんですが、彼女はリハーサルなしでもすぐに泣けてしまうので、何度もテイクを重ねました。何度も何度も泣かせた結果、本当に目が腫れたような状態になったんです。まあ、彼女からしたら、何テイクも撮って怒っていたかもしれないけれど(笑)。最後の最後にあの表情が撮れたので、ラストテイクを使用しました」
――本作には、一人の女性の人生を大きく変えた、たった一日のある出来事が描かれています。監督にとって、これまでに人生を変えるような大切な一日はありましたか?
エヴァ・ユッソン監督「私にとっても、そのような一日がありました。2018年の5月12日です。前作『バハールの涙』がカンヌ国際映画祭で上映された日で、カンヌでは女性によるデモ行進も行われていました。その時点までにカンヌのオフィシャルセレクションに選ばれたことのある監督は、1700人の男性に対して、女性は82人しかいなかったんです。デモ行進は女性監督の少なさを訴えるためのもので、私の映画もクルド人女性の解放がテーマだったので、そのキーワードに連動して多くの報道陣が集まっていました。
でも、華やかな上映会の裏で、私はその2日前に父親を亡くしていたんです。頂点とどん底が一度に押し寄せたような状況で、長編2作目にしてコンペに選ばれるという大きな喜びと同時に、父親が亡くなったのに葬儀に参列することもできず、とても引き裂かれたような気持ちでした。そんな中、プリンセスのようなドレスを着てレッドカーペットを歩く私にしがみついてきた当時4歳の息子を連れて、いざ上映会場に入ると、2000人の観客が私をロックスターのように迎えてくれました。子どもを連れた女性監督がそのような場所に足を踏み入れるということに対して、女性の同業者たちも感動していましたし、上映会もスタンディングオベーションが続いたくらい大好評だったんです。
ところが会場を出ると、広報担当者から、『フランスのマスコミが、この映画を破壊してしまうくらい酷評している』と言われました。それには政治的、社会的な理由があって、ちょうどその6ヶ月前にハーヴェイ・ワインスタインが逮捕されて、ハリウッドの“#MeToo”運動が始まった頃だったんです。フランスは基本的に女性蔑視のとても保守的な国ですから、女性監督がよく知りもしないーもちろん、私はちゃんとリサーチもしましたし、それは嘘なのですがークルド人女性の映画を撮っている、いい気になっている女性監督に教訓を与えてやろう、というような気持ちで酷評したのだと思います。とにかく非常にハードだったのですが、この状況を生き延びることができれば、ありとあらゆることを乗り越えられると思いました。そのくらい強烈な経験だったんです。父を亡くして泣いている合間に、たくさんの取材を受けたのですが、会場でクルド人の女性たちが歌を歌ってくれたりと素晴らしい瞬間もあって、本当に悲喜こもごもの一日でした」
――最後に、日本の映画ファンに伝えたいことはありますか?
エヴァ・ユッソン監督「私たちは今、難しい時代を生きています。ですが、悲しみに打ちひしがれることなく、女性だけでなく男性にとっても、より良い社会を目指していきましょう。悲しむのではなく、怒りをぶつけてください!」
text nao machida
『帰らない日曜日』
2022年5月27日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋他全国公開
https://movies.shochiku.co.jp/sunday/
監督:エヴァ・ユッソン『バハールの涙』
製作:エリザベス・カールセン、スティーヴン・ウーリー『キャロル』
原作:グレアム・スウィフト「マザリング・サンデー」(新潮クレスト・ブックス)
出演:オデッサ・ヤング ジョシュ・オコナー コリン・ファース オリヴィア・コールマン グレンダ・ジャクソン ソープ・ディリス
2021 年/イギリス/104 分/英語/カラー/5.1ch/R-15/原題:Mothering Sunday/日本語字幕:牧野琴子 /後援:ブリティッシュ・カウンシル
© CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND NUMBER 9 FILMS SUNDAY LIMITED 2021
配給:松竹