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text by Nao Machida

「僕にとっては、これはドラァグクイーンの息子を愛するようになったことで、もっと自分らしくなることができた、保守的な女性の物語」『ステージ・マザー』 トム・フィッツジェラルド監督インタビュー/Interview with Thom Fitzgerald about “Stage Mother”




先が見えずに落ち込むことも少なくない日々が続く中、観客に笑顔と勇気を与えてくれそうな心温まる映画が到着した。2月26日に全国公開される『ステージ・マザー』の主人公は、テキサスの保守的な田舎町で暮らす初老の主婦メイベリン。ある日、長年疎遠だった息子のリッキーが亡くなったという報せを受け、夫の反対を押し切ってたった一人で葬儀に参列する。ゲイでドラァグクイーンだったリッキーが暮らしていたのは、サンフランシスコにある世界屈指のLGBTQ+コミュニティの拠点カストロ地区。彼が経営していた瀕死のゲイバーを相続することになったメイベリンは、生前には分かり合えなかった息子が愛した街で、人生の生き方や自分らしさを見つめ直していくー。メガフォンを執ったのは、映画やテレビ、演劇など様々なプラットフォームで作品を発表しているトム・フィッツジェラルド監督。あらゆる偏見を乗り越えて新しいことに挑戦するメイベリン役を、『世界にひとつのプレイブック』などで知られるジャッキー・ウィーヴァーが好演している。ルーシー・リューやエイドリアン・グレニアー、トランス女性の俳優マイア・テイラーら、脇を固める個性派たちにも注目だ。ここではカナダ在住の監督にリモート取材を行い、映画の撮影秘話や現場での思い出をたっぷりと語ってもらった。(→ in English)


―『ステージ・マザー』の日本公開おめでとうございます! 素晴らしい作品ですね。観終わった後、主人公のメイベリンとハグしたくなりました。


トム・フィッツジェラルド監督「そうだよね。実は観客と一緒に本作を観ることができたのは、カリフォルニア州パームスプリングスで行われた映画祭のときだけだったんだ。大勢の人と一緒に映画を観られたのは、本当に素晴らしい体験だった。特にパームスプリングスでは観客が高齢者かゲイだけだったからね(笑)。本作の上映には完璧な客層だった。その後、パンデミックが始まって、今となってはみんなで集まって映画を観るなんて、すごく奇妙なことのように思えてしまうよ」


―パームスプリングス国際映画祭での観客の反応はいかがでしたか?


トム・フィッツジェラルド監督「とても喜んでもらえた。観客は2度も立ち上がっていたよ。僕が大好きなのは、みんなが一緒に歌ってくれることなんだ(笑)」


―確かに、この映画を観ていると一緒に歌いたくなります。


トム・フィッツジェラルド監督「実は撮影中にも同じことが起こったんだ。脚本にはなかったんだけど、バックダンサーたちが歌わずにはいられなかったみたいで」








―脚本のどのような部分に魅了されて、この映画を作ろうと思ったのですか?


トム・フィッツジェラルド監督「本作はとても軽くて面白くて爽快な映画だけど、僕にとってのきっかけは悲しいものだった。僕の兄も(劇中のリッキーと)同じように、薬物の過剰摂取が原因で亡くなったんだ。僕は自分の母が、主人公のメイベリンが経験したことの多くを経験する姿を見ていた。母は亡くなった後に自分の子どもについて多くを学び、その喪失を乗り越えなければならなかっただけでなく、新たな形で我が子を愛することを学ばなければならなかったんだ。それはもちろん、僕にとっても深い経験だったから、この物語にはとても心を動かされた。監督として、あの経験があったからこそ、他の監督にはできないユニークな何かを物語にもたらすことができるのではないかと思ったんだ」


―とてもリアルに感じられる物語ですが、脚本家のブラッド・ヘンニクの経験に基づいているのですか?


トム・フィッツジェラルド監督「ブラッドはゲイとして(より保守的な)テキサスで育ち、大人になってからサンフランシスコに引っ越したんだ。でも、テキサスの小さな町の教会で出会った人たちとも、SNSを通して連絡を取っていたらしい。そして、サンフランシスコのドラァグクイーンたちとテキサスの教会の女性たちが、実はすごく似ていると気づいたそうなんだ」
 

―なるほど。髪の盛り方とか?


トム・フィッツジェラルド監督「そう、髪の盛り方。それに、彼らの持つコミュニティ精神も似ている、と。両者ともそれぞれのコミュニティの熱烈な支持者なんだよね。面白いことに気づくなと思ったけれど、僕にはそれが真実だと思えた。彼らはいろんな意味で真逆なんだけど、パッと見で見間違えることもあるんだ」





―主人公メイベリン役のジャッキー・ウィーヴァーが本当に素晴らしかったです。彼女をキャスティングした経緯をお聞かせください。


トム・フィッツジェラルド監督「ジャッキーは僕がこの役のために、最初に会った人だった。ニューヨークまで会いに行ったんだ。彼女はロサンゼルスに住んでいて、僕は(カナダ東部の)ノバスコシア州に住んでいるから、ニューヨークで待ち合わせることになった。一緒にブランチをするはずが、気づいたら3日間も飲み続けていたよ(笑)。彼女は僕に自叙伝をくれたんだけど、その中に『オーストラリアで一番小さなファグ・ハグ(※ゲイの男性と親しくしたがる女性)』という章があったんだ。そこにはドラァグクイーンやゲイの男性に対する生涯にわたる愛が綴られていて、彼女なら本作にぴったりだと確信した」


―彼女は脚本について、どのような感想をお持ちでしたか?


トム・フィッツジェラルド監督「脚本について素晴らしいアイデアを出してくれたよ。その多くは簡潔に描くことの大切さだった。ジャッキーの演技に関して僕が最も感心したことは、本当に素晴らしい役者なんだけど、決して笑いを求めないんだ。常にメイベリンを忠実に演じることに徹していた。彼女は悲しみに暮れる母親というこの役に正直でありたいと主張したんだ。本作のトーンでそのような路線を行くのは難しかったはず。それは映画に深みを与えてくれたように思う」


―映画を観終わると、本当にメイベリンが大好きになっていますよね。


トム・フィッツジェラルド監督「そうだね。メイベリンがこんなにも愛すべきキャラクターになったのは、ジャッキーの温かさとスピリットのおかげなんだ」





―シエナ役のルーシー・リューも最高でした。彼女がこれまでに演じてきた役とは全く違ったイメージでしたが、なぜシエナ役に抜擢したのですか?


トム・フィッツジェラルド監督「いつも弁護士や刑事役を演じているから。ルーシーはとても賢くて激しい人なんだけど、僕は彼女の別の一面も知っている。彼女は素晴らしいアーティストで、とても面白い人なんだ。シエナは本作で一番面白い役だし、僕はルーシーが本当に面白いと思うんだよね」


―ルーシーとは以前から交流があったのですか?


トム・フィッツジェラルド監督「20年くらい前に一緒に映画を撮ったんだ。とてもシリアスな映画だったんだけど、その際に彼女の人となりを知ることができた。だから、僕にはこの天然のブロンド娘がルーシーにとって完璧な役だとわかっていた(笑)。それに加えて、彼女自身も新米ママになったばかりだったんだ。『ステージ・マザー』を撮影していた頃、彼女の息子は2歳だったんじゃないかな。ルーシーは素晴らしい母親だけど、シングルマザーであることの恐怖も理解している。それに、悪いママになってしまうのではないかという恐怖心や不安も活用することができた。まさにシエナはそういう人だからね(笑)」


―シエナ役に対するルーシーからの反応は?


トム・フィッツジェラルド監督「こんなにもめちゃくちゃで自分をコントロールできていない人物を演じることを、とても面白がってくれた(笑)。シエナは完全にギリギリの状態だ。誰だって人生でそのような経験をしたことがあるだろう。でも君が言ったように、ルーシーは常に自己管理が行き届いている人物の役をオファーされてきたんだ。だからこそ、悪い母親であり、わがままな人でもある、シエナのあらゆる側面を探求することに、非常に興味を持ってくれた。劇中の彼女は本当にラブリーだと思う」


―シエナとメイベリンの関係もとても良かったです。


トム・フィッツジェラルド監督「僕らのロケ地はかなり辺ぴな地域だったんだ。ジャッキーはLAからノバスコシア州に飛んできて、ルーシーはニューヨークからやって来た。ルーシーは週末を利用して現地入りしていたんだ。テレビシリーズ『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』の撮影をしながら、毎週金曜に通っていた。平日はドクター・ワトソンを演じて、週末はシエナを演じていたんだ(笑)。ルーシーとジャッキーは劇中のシエナとメイベリンのように相思相愛だったと思うよ。共通の話題がたくさんあったみたいだ」








―本作の舞台はサンフランシスコのゲイバーですが、ドラァグショーのシーンなども含め、どれくらいのリサーチを要したのですか?


トム・フィッツジェラルド監督「僕らは本作のためにドラァグクイーンのパフォーマーを募集したんだ。それで気づいたのは、当然なんだけど、演技とドラァグクイーンというのは全く異なる芸術形態だということ。素晴らしいドラァグクイーンだからといって、優れた役者とは限らないわけで。でも、ジャッキー・ビート(ダスティ・マフィン役)をキャスティングできたのは、とてもラッキーだった。ジャッキーはアメリカの伝説的なドラァグクイーンで、演劇学校やコメディスクールでトレーニングを受けた素晴らしい役者でもある。ドラァグクイーンよりも先に役者になった人なんだ。それに、舞台裏にも素晴らしいドラァグクイーンたちが参加してくれた。衣装デザイナーのジムはロージーという名のドラァグクイーンだし、メイクアップアーティストのクリスはエル・ノワールという名のドラァグクイーンなんだ。ドラァグクイーンの世界観を作り上げた人たちが、本物のドラァグクイーンだったというわけ。それはドラァグシーンの信ぴょう性という点で、大きな違いを生んだように思う」


―映画『タンジェリン』のマイア・テイラーが出演していたのもうれしかったです。彼女は本作に出演するまで、ドラァグショーに出演した経験はなかったそうですね。


トム・フィッツジェラルド監督「僕も『タンジェリン』を観て、素晴らしい女優だと思った。この脚本はトランスジェンダーの女優を必要としていたので、連絡してみたんだ。僕ははっきりと、『いいかい、これは実際の君とは違って、ドラァグクイーンの役なんだ』と自分の希望を伝えたよ(笑)。ドラァグクイーンを演じた役者がみんなドラァグクイーンだったわけではないんだ。ジョーン役のアリスター(マクドナルド)は多少経験があったんだけどね」


―彼女も素晴らしかったです!


トム・フィッツジェラルド監督「素晴らしいよね! 実はアリスターは、昼間は舞台版『恋に落ちたシェイクスピア』にシェイクスピア役で出演していた。夜になると現場入りして、ジョーン役を演じていたんだ」


―特に最後の曲がそうですが、本作を観ていると一緒に歌いたくなります。劇中の音楽はどのようにして決めたのですか?


トム・フィッツジェラルド監督「最後の曲は脚本に書いてあったんだ。脚本に書いてあって最終的に使用できたのは、確かあの曲だけだったはず。ブラッドにはたくさんのアイデアがあったんだけど、希望する曲を全て使えることは、まずないからね。ブラッドや僕の世代、それに劇中のリッキーやダスティ・マフィンの世代が世代なだけに、80年代の音楽がたくさん使われているんだ。ジョーン・ジェットやテイラー・デインなど、僕らがまだクラブに行けるくらい若かった頃に活躍していたディーバたちだよ(笑)。でも、それもまたストーリーの一部で、劇中のドラァグショーは、最初はちょっと時代遅れなんだ。ちょっと古臭いんだよね(笑)。一部の楽曲は本作のために書き下ろしてもらった。ジョーンが歌う『Everything’s Beautiful to Me』という重要な曲は、物語のあの部分を伝えるために、ジェイソン・マックアイザックに書いてもらったんだ。本物のミュージカルみたいにね」








―日本でもたくさんの人がこの映画を観て、それぞれの人生に少しでも変化が生まれるといいなと思いました。日本公開を前に、監督はどのようなことを願っていますか?


トム・フィッツジェラルド監督「人々に少しでも心を開いてほしいという君の願いに、主演のジャッキー・ウィーヴァーもきっと同意してくれると思うよ。僕にとっては、これはドラァグクイーンの息子を愛するようになったことで、もっと自分らしくなることができた、保守的な女性の物語なんだ。彼女は人として大きく成長して、それまでよりも豊かな人生を歩み始める。喜んで愛することで、より良い人生を送ることができるんだ。それこそが、この物語の本当のテーマのような気がしている。そして、いつだって遅すぎるということはないんだ」


―この一年はとても大変な日々でしたが、『ステージ・マザー』を観て、とても癒されました。この一年を乗り越える上で、監督自身が助けられた作品はありますか?


トム・フィッツジェラルド監督「それがさ、実はこの一年で、『ギルモア・ガールズ』の全シーズンを2回も一気見してしまったんだよね(笑)。『ギルモア・ガールズ』がなかったら、僕はこのパンデミックを乗り切れなかったかもしれないな。最近はスーパーヒーローものを観ているんだ。怒りに満ちたダークなスーパーヒーローではなくて、『スーパーガール』とか『フラッシュ』みたいな、ものすごく安っぽいテレビのスーパーヒーローものをね(笑)。結局のところ、僕はスーパーヒーローにはおバカであってほしくて、ダークで陰気なのは嫌なんだ。今の世の中には、それでなくとも十分な闇があるからね。確かに僕は、この映画を癒し効果のあるものにしようと計画していたわけではない。でもいろんな意味で、本作は世界中でそのような機能を果たしているみたいだね」


―本作の制作を振り返って、クリエイティブな面ではどのような経験になりましたか?


トム・フィッツジェラルド監督「本作は特に難易度が高い映画というわけではない。ダークで複雑な作品ではないんだ。でも、僕にとっては没頭できることがたくさんあった。僕はクィアで、ドラァグショーにも何度も行ったことがある。でもバックステージに行ったことはなかったし、これまではドラァグアーティストたちの人生や気持ちをちゃんと理解する機会がなかった。このショーを上演するためには、劇中のメイベリンのように、僕もそれを理解する必要があったんだ」


―製作を通して一番の思い出は?


トム・フィッツジェラルド監督「一番気に入っているショットは、ジャッキーがジョーンの家からの帰りに一人でタクシーに乗っているシーン。息子との絆は結べなかったけれど、息子の親友とのつながりを感じて、母親らしい気分になれた瞬間だよ。でも良い思い出というと、毎日のうれしいサプライズが心に残っている。僕は監督として、日々あらゆる衣装を見せられていたんだ(笑)。全ての衣装を承認する必要があったんだけど、自分が買い物に行っていたわけではないからね。新しいウィッグを見るたびに驚いたし、うれしかった。目を見張るようなウィッグもあったから(笑)。だから、一番の思い出は毎日新しいドラァグの衣装を見られたことかもね」


―これから『ステージ・マザー』を観る日本の映画ファンに、何か伝えたいことはありますか?


トム・フィッツジェラルド監督「映画館で合唱することを僕が承認するよ(笑)。楽しい時間を過ごしてね!」


text Nao Machida



『ステージ・マザー』
2月26日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
https://stage-mother.jp
【STORY】テキサスの田舎町に住むごく普通の主婦メイベリンは、ある日息子リッキーの訃報を受ける。⻑らく疎遠だった息子の最後を見届けるため、夫の反対を押し切りサンフランシスコへ。そこで、リッキーのパートナーであるネイサンから、彼がドラァグクイーンでドラァグのショーを披露するバーを経営していたことを知る。さらに、遺言を遺さずに他界したため、バーの経営権は母親のメイベリンにあること、そのバーが破綻寸前の危機にあることが発覚。彼女は困惑しながらも、愛する息子の遺したバーを再建するために立ち上がるがー。


出演:ジャッキー・ウィーヴァ―、ルーシー・リュー、エイドリアン・グレニアー、マイア・テイラー
監督:トム・フィッツジェラルド
原題:STAGE MOTHER 2020/カナダ/93分/PG12
提供:リージェンツ/AMGエンタテインメント 配給・宣伝: リージェンツ
© 2019 Stage Mother, LLC All Rights Reserved.

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