2008年にCRUE-Lレコーズからデビューを果たした女性ストーナーロック・デュオ、Stoned Green Apples。坂本慎太郎が初めてリミックスを手がけたことでも大きな話題となったが、2009年にギター/ヴォーカル、オシダアヤの出産を機に、バンドは無期限の活動休止を発表。その後、オシダは、日々育児に追われながらも、音楽活動の情熱を抑えきれず、新バンド、mmaを結成したほか、ソロでの音楽活動を開始。2015年に中目黒waltzや手売りのみの完全自主制作カセットテープで発表した初のミニアルバム『World is Your Oyster』を経て、今年6月に吉祥寺の名スタジオ、GOK SOUNDにてアナログ・レコーディングを行った最新ミニ・アルバム『WOMAN』を発表した。
ザ・スミスとジョニー・サンダースのカヴァーを含む6曲からなるこの作品において、ポストパンクやアシッドフォーク、サイケデリックポップの影響色濃い楽曲に映し出されているのは、日本の音楽産業において、いまだに重きが置かれている「女性」であることや「若さ」から解き放たれたアーティスト、オシダアヤのパーソナルな世界だ。その自由な広がりは果たして何を意味するのだろうか。
──もともと、アヤさんは2000年代後半に二人組の女性バンド、Stoned Green Applesとして活動されていましたよね。
オシダ「はい。でも、2009年に私の妊娠、出産を機に、活動休止になりました。妊娠すると女子って、動物っぽくなるというか、匂いに敏感になったり、味覚や聴く音楽も変わるんですよ。例えば、妊娠中に、機会があって大好きな(日本の伝説的ハードコアパンクバンド)GAUZEのライブに行ったら、ライブ自体は素晴らしかったんですけど、やはり妊婦にスタンディングでハードコアはキツかったりとか(苦笑)。バンドの活動も心身共に続けられなくなってしまったんです。だから、休止後は授乳したり、おむつを替えたり、子育ての日々をおくっていたんですけど、2010年、子供が生まれてから半年後くらいに観に行った(イギリスの伝説的ガールズ・ポスト・パンク・バンド)The Raincoatsのライブに感銘を受けて、当時再発されたアルバムを聴きながら、夜中に授乳していたら、涙が出てきて、『やっぱり、バンドをやらなきゃな』って。で、その週に嶺川貴子さん、文筆家の服部みれいさんとお茶する機会があって、話の流れから『バンドやらない?』ってことになり、また、バンドを始めることになったんです」
──3ピースバンド、mmaですね。嶺川貴子さんからイラストレーターの平松モモコさんへのメンバーチェンジを経て、2015年にリリースしたアナログ7インチ・シングル「young birds / oh so blue」はThe Raincoatsにも通じる自由度の高いポストパンクサウンドでした。
オシダ「そのシングル・リリースと同じタイミングで来日したThe Raincoatsにインタビューする機会があったんですけど、彼女たちは『クリエイトし続けることが大事』って言ってて。『女性ミュージシャンは若い時に活動してても、いつの間にかに消えていく、みたいなイメージが一般的にはあるかもしれないけど、私たち女性は実際に世の中から消えたわけじゃないから』って。その話を聞いていて、等身大でサスティナブルに表現することの大切さを再認識させられたんですよね。だから、バンドにこだわらず、一人でもやろうかなって思って、2015年にミニアルバム『World is Your Oyster』をカセットテープで出して、その後、カフェとか本屋さんでライブをやるようになりました。以前はバンドで活動していたから、一人で音楽をやることがイメージ出来なかったんですけど、育児をしながら、そうやってライブを続けているうちに、もうちょっとちゃんとした形で作品を作りたいなと思って、今回のミニアルバム『WOMAN』をリリースしました」
──育児は睡眠時間が削られたり、それこそ24時間目が離せなかったりするわけで、育児と創作活動を両立することの難しさは察するに余りあります。
オシダ「育児はやりたいことだったので、自分のなかで重点は置いていたんですけど、以前やっていた創作活動をゼロにすることはなかなか出来なくて。むしろ、育児の日々を通じて、発したいことも生まれてくるし、一方で母親、妻の顔もあるわけで、その合間を縫って、音楽活動する葛藤もありましたし、その隣で音楽関係に従事している夫がバンバン仕事をしている様を指をくわえて見ていたり、もやもやした気持ちはずっとありました」
──さらに言えば、音楽ビジネスの世界において、女性ミュージシャンは「女性であること」や「若さ」と共に作品が売られ、消費されることが多いと思うんですよ。
オシダ「もちろん、そういう観点を活かした音楽にもいいもの、好きなものもあるし、自分もかつてはそういう雰囲気でやっていたところもあるので(笑)、それはそれであっていいものだとは思うんですけど、一つの価値観だけでは窮屈というか、女性だって、40、50代と人生は続いていくし、そういう人たちだって創作活動もすれば、演奏したりもするわけで、私ももっと堂々とやってもいいのかなって思ったんですよね」
──その意味で、今回の作品タイトルである『WOMAN』は意味深いなと思いました。
オシダ「そうですね。『WOMAN』というタイトルは次の作品を出すなら、絶対にこれにしようと先に決めていて。大袈裟に言いたいわけではないんですけど、今回の作品は女性という性別だけでなく、もっとミニマムな単位である個に焦点を当てたいという気持ちがあったかもしれないですね」
──個という意味で、2曲目の「PURPLE PHASE」は、一人の女性の独白が歌詞になっていますけど、大人になり、親になると、日常生活を円滑に過ごすために、多かれ少なかれ、社会性をもった人格を求められて、そう装うじゃないですか。装うとはいっても、社会性をもった人格もその人の一部ではあるとは思うんですけど、装わない自分を音楽で解放する気持ち良さがこの曲にはあるんだろうなと思いました。
オシダ「この曲はまさにそういう気持ちで作ったんですよ。どうやって作ったかというと、半径50mくらいの女子たちの会話、『ホント料理したくない!』とか『私、よく植物を枯らしちゃうんだよね』とか、そういうつぶやきの断片をかき集めたんです。例えば普段はちゃんとしたお母さんでも、個にフォーカスすると、表向きのイメージのままではないというか、そういう個を曲にしたかったんですよ」
──タイトル曲「WOMAN」は、男性が山で女性が川だと歌っていますが……
オシダ「というか、山は夫、川は私です(笑)。この曲は夫婦生活について歌っていて、そこがこの曲の取っかかりではあるんですけど、権威的な集団と個のメタファーとしても使えるんじゃないかと思って、プライベートをさらけ出しました。今回、録音エンジニアを担当してくれたGOK SOUNDの近藤さんはこの曲を聴いて、「女って、そんなんじゃないけどね。強くて抗えない感じがする」って言ってて、色んな女性がいるんだなと思いましたね(笑)」
──ザ・スミス「Please Please Please Let Me Get What I Want」とジョニー・サンダース「SAD VACATION」をカヴァーした理由というのは?
オシダ「ジョニー・サンダースは一時期、アルバム『HURT ME』をずっと聴いていて、夫から「歌い方が似てるから絶対カヴァーしたほうがいい」って言われて(笑)。これ、キーもオリジナルと同じなんです。実際、歌ってみたら、すぐに歌えたし、ライブで演奏したら、「この曲、何ですか?」って言われてることが多かったこともあって、パンクヒーローのみならず近年アシッドフォークのシンガーとしての再評価もあるジョニー・サンダースは若い世代にもぴんと来るアイコンなんだなって。同じことが当てはまるザ・スミスのその曲は、ブレイディみかこさんの本を読んだら、イギリスで大学の学費値上げに対するデモでみんなが合唱したそうで、そのエピソードも素晴らしいなと思ったんですよ」
──そして、5曲目の「YOUNG BIRDS」はmmaのソロカヴァーは原曲がそうであるようにポストパンク的な尖ったアレンジだったりはしますが、作品全体を通して、サイケデリックな感覚が一貫して流れていますよね。
オシダ「やっぱり、そうなんですね。今回の作品を父に聴かせたら、『ドアーズみたい』って言われたんですよ。うちの父はゆらゆら帝国をピンク・フロイドと言う男だから、ざっくりしているんですけど、ドアーズっていうことはサイケってことなのかな(笑)」
──そういう作品が無意識的に生まれるということは、ジャーマンプログレとかサイケ、アシッドフォークを聴かれているというお父様の影響が大きいんですかね?
オシダ「絶対そうだと思います。(ジャーマンロックバンド、タンジェリン・ドリーム/アシュ・ラ・テンペルの元メンバーでもある)クラウス・シュルツェとかノイ!は父のレコードとか父が自分でレタリングしたダビングのカセットテープを子供の頃から聴いてましたからね。カセットテープが大好きで今日あれこれ持ってきたんですけど(笑)、長崎の妄想カセット作家でとでもいうような納富健さんっていう方がいて。彼は自分の好きなアルバムを強迫観念から独自にデザインして、一点物のカセットをDIYで作っているんですけど、今回のアルバムも気に入ってくれてカセットにしてもらっちゃったんです!それ以外のカセットは今回のアルバムを作るのに影響を受けたものです」
──アヤさんはカセットで作品をリリースしたり、コレクトしたり、はたまた、今回の作品もアナログレコーディングだったり、DIYのロウな表現への強いこだわりを感じます。
オシダ「真空管アンプ職人として知られる小松音響研究所の小松さんに自宅の音環境を真空管アンプで整えてもらったら、出音の違いがはっきり分かるくらい大きな変化があったんですよ。だから、今回、全編アナログでレコーディングしたいなって。しかも、今回はマスターもシブイチ(1/4)と呼ばれるテープ幅6mmの磁気テープなのでマスタリングもアナログなんですよ」
──今、アナログのマスタリングって、なかなか出来ないですもんね。
オシダ「そのためにKIMUKEN STUDIOのキムケンさんがわざわざオープンリールの機材を借りてくれたんですよ」
──アヤさんの弾き語りを軸に、サポートミュージシャンによるアレンジも音を詰め込まず、空間を活かしているので、アナログ・サウンドが映えますよね。
オシダ「まぁ、密なアレンジはやろうと思っても実力が伴わず形に出来ないので、スカスカ上等でやっているんですけどね(笑)。影響を受けたアルバムもそうなんですけど、私は音も言葉も正直な作品を作りたかったのかなって思いますね」
──実生活での葛藤を経ているからこそ、正直なだけでなく、説得力のある力強い作品になっていますよね。
オシダ「そうですね。Stoned Green Applesとして活動していた頃とは違うものがあるかもしれない。でも、この作品がリリース出来て、今後も当たり前のように音楽を続けていこうと決めたので、The Raincoatsのように息の長い活動が出来れば、と思いますね」
photography Taichi Nishimaki
text Yu Onoda
edit Ryoko Kuwahara
OSHIDAAYA/オシダアヤ
『WOMAN』
Now On Sale(Streaming Only)
01. PLEASE PLEASE PLEASE LET ME GET WHAT I WANT
02. WOMAN
03. PURPLE PHASE
04. SAD VACATION
05. YOUNG BIRDS
https://oshidaaya.com/
OSHIDAAYA/オシダアヤ
幼少期よりたまたま父のレコード棚にあったジャーマンエレクトロやプログレ、サイケ、アシッドフォーク等の洗礼を受け、自身ではピアノを弾くなど様々な音楽に囲まれた思春期を過ごす。20代にして初めて手にしたエレキギター、フライングVを携え、こちらも初めてドラムを叩くという友人cassと二人組のガールズバンド、Stoned Green Applesを結成。2008年、国内屈指のインディーズレーベルとして知られるCrue-L Recordsよりデビュー。2枚のミニアルバム、「A red strange fruit was crushed with a little plosive sound、then it left me a green one.I bite it once in a while、when it rains.」、「Will You Marry Me」をリリース。さらに2ndミニアルバムから当時ゆらゆら帝国の坂本慎太郎、そして同レーベル主宰、世界的DJでもある瀧見憲司、両者による2曲のリミックスをアナログ12 インチ「Sugar-K Remixes」として2009年シングルカット。坂本慎太郎が初めて手掛けたリミックスということもあり各所で話題を呼ぶ。同年、自身の出産を機にバンドの無期限活動停止を発表。2010年、murmur magazine誌面での共演を経て文筆家/詩人/編集者:服部みれい(bass)、ミュージシャン:嶺川貴子(drums)、忍田彩(guitar)による3ピースの音楽ユニットmmaを結成。’12年、嶺川の脱退を経て現在ではイラストレーター平松モモコをドラムにむかえ不定期活動中。2015年にはmmaとして初めての作品「young birds/oh so blue」をアナログ7インチにてリリース。同年ソロとして初のミニアルバム「World is Your Oyster」をカセットテープで限定発売。
2018年、新たなソロ・ミニアルバムをアナログにこだわった機材が揃う吉祥寺の名スタジオGOK SOUNDにて同スタジオの近藤祥昭をエンジニアに迎えレコーディング敢行。KIMKEN STUDIOの名マスタリング・エンジニア、木村健太郎がマスタリングを施し2018年6月14日にリリース。